Archive for the ‘ 社会学 ’ Category

彼は「氷河期時代を代表するフリーライター」を自称するが、彼みたいな人間が「氷河期世代」の代表だと思われてはたまらない。

これは明くまでも、筆者自身の「恨み辛み妬み僻み憎しみ」をまとめたものであると思った方がよい。

 

「氷河期時代を代表するライター」を自称するジャーナリスト・小林拓矢の初の単著である。

小林は1979年山梨県生まれ。山梨大学教育人間科学部附属中学校駿台甲府高校ー早稲田大学という、世間一般がうらやむようなエリートコースの経歴の持ち主である。大学4年と5年(つまり、就職活動のために1年留年した)の時に朝日新聞を受験したが不合格になり、就職先が未定のまま「社会」という名の荒野に放り出された。

大学卒業後、都内のハローワーク主催の山梨県出身者を対象にした企業説明会に参加し、県内のIT企業の社長に見込まれ「社会人デビュー」を果たす。だが入社したものの、来る日も来る日もプログラミングの課題をこなす毎日。本人なりに頑張っていたのだろうが、会社上層部は彼をこの職種に不向きと判断したのだろう。研修期間中に「解雇」を言い渡される。

次に入ったのは、為替証拠金取引の会社だった。担当業務は「顧客に対する電話営業」だったが、実際は電話帳で資産を持っていそうな顧客を探し出し、電話をかけて取引をするようお願いするという仕事だった。就業規定では朝9時始業のはずが、実際は朝7時に出勤し、当日のノルマが達成できなければ深夜まで会社にるのが当たり前という社風だった。当然こういう会社では、残業代は一円も出ない。社内の雰囲気になじめない(なじめる方がおかしいのだが)彼は社内でいじめの対象になり、心身ともボロボロの状態になっていく。「新聞記者になる」という夢に拘っていた彼は、忙しい業務の合間を塗って試験に臨むが、彼を受け入れる新聞社は現れないまま、退職してフリーライターになる決心をする。しかし仕事の依頼は少なく、生活に窮した彼は山梨に帰郷し、仕事の時だけ上京するという生活を送る。

3社目の会社で、彼は念願の「記者」という仕事にありつく。だがこの会社でも彼は「精神的な虐待」を受け続けたあげく、鬱病を発症してしまう。結局彼は1ヶ月ほどでこの会社も退職し、再び山梨に帰郷する。====帰京後彼は、この連載のもとになる記事をブログに綴る。細いコネを頼りにこの記事を企画書にまとめ、あちこちの出版社に売り込む。しかし実績不十分のフリーライターの企画を受け入れる奇特な出版社はいない。その後フリーのライターとして実績を積み、名前を知られるようになった彼は「就職氷河期に就職できなかった学生が、今どんな生活を送っているか」をテーマにした連載記事をブログで発表する。この本は、彼が運営するブログ「他山の石書評雑記」に30回にわたって連載した「就活失敗~結局、正社員になれなかった」というタイトルの記事を書籍化したものである。

しかしこの本は、著者が「味方・同志」と思っている「氷河期世代に学生だった」世代から猛烈な反発をあびる。彼が開設していたTwitterやFacebook、そしてこの記事を掲載していたブログには、彼に反対する抗議の意見が殺到し炎上する。Facebookのフィードは「友人限定」に変更し、Twitterは公開→非公開を繰り返したあげく現在では非公開になり、ブログは事実上の閉鎖に追い込まれた。それは本書で

「自分は早稲田を出たのに一流企業に就職できず、これだけ酷い目に遭ってきた。だから会社が悪い、俺は悪くない」

と、事ある毎に強弁を繰り返しているからだ。

なるほど、森永卓郎・獨協大学教授が日刊ゲンダイの書評で指摘しているとおり、確かに2つめの会社はブラック企業である。この会社は、筆者が退職してまもなく違法取引で警察に摘発され、それが原因で倒産する。この会社が行っていた「電話営業」というのは、詐欺すれすれ(というより、この記事を読む限りでは「詐欺そのもの」)の営業だった。下手をすれば、彼自身も「犯罪関係者」として指弾される可能性があったのである。摘発前に退社を決断した彼は、運がよかったというより、詐欺に近い営業活動に、彼の良心が悲鳴を上げたというのが正解だろう。

これに対して1社目のIT企業と、3社目の業界紙を「ブラック企業」と認定するには疑問がある。日本の会社の99%は「中小企業」だが、ほとんどの中小企業は日々目の前の利益確保に追われ、人材育成・社内の設備投資にエネルギーを割くことができる会社はほとんどない。彼を採用した社長は

「早稲田を出たのだから、当社の業務を理解できる能力はあるに違いない」

と考え即戦力となれる人材と判断したから、筆者の採用を決めたのだろう。だが実際にはプログラミングの問題を解かせてみると、彼はその内容を理解するのに四苦八苦。何しろ、必要なソフトをPCにインストールするのに難渋するのである。これではこの業務をさせるのは難しいと、人事担当者に判断されるのもムリはない。人事は

「まだ若いのだし、傷が浅いうちに引導を渡した方が将来のためだ」

と思って彼に解雇通告を下した。会社側から明らかに「能力不足」という判断をしたのに、彼は逆恨みしたあげく、ハローワーク主催の別の就職セミナーで再会した人事担当者に詰め寄るという騒動を起こしている。こんなことをしたら、ハローワーク担当者から目をつけられるかも知れないと思わなかったのだろうか?

3社目の業界紙の件に至っては、彼の行動はとても同情できない。自分で実績があると思っていても、その会社に入った以上は「新人」として、その会社のやり方にあわせるべきだと思うのだが、彼にはそれができない。上司・先輩から指示を受ける→やり方が気に入らないと反発する→周囲から叱責される、の繰り返し。筆者は大学で社会学を専攻し、業界紙入社前は、フリーライターとして活動していたから、その知識が「組織人」として生きることの妨げになったことは否めない。上司・先輩をバカだと罵り、そのやり方は学問的には間違っていると彼は述べるが、上司や先輩・同僚から見たら、筆者みたいな人間は扱いにくい鬱陶しい存在だったに違いない。だからこそ会社は(著者が言うところの)ムチャクチャな仕事を彼に振った。こんな面倒くさいヤツの面倒は見たくない、ムチャクチャな仕事を振ったら退職するだろうと、会社側は思っていたのだろう。だが被害妄想に囚われていた彼には、会社や先輩に対する恨み辛みをいっそう募らせていく。

本書を読み進めていて腹が立った部分は、業界紙で彼がやらかした「得意先に対する電話応対」のトラブルについての記述である。先方が激怒して今後の取引を打ち切ると通告し、先輩や上司が、筆者に対して電話に出ることを禁止すると通告したのだから、彼はよほど先方に失礼な応対をしたとしか考えられない。なのに彼はこの会社をネットで検索し、この会社が自民党の大物政治家が経営に関与しており、この会社が社員にパワハラ行為を働いていたと逆ギレする始末である。自分のしでかしたことを棚に上げ、ひたすら「俺は正しい、俺を理解してくれない世の中や会社が悪い」といっても、誰も同情してくれないのは当然のこと。著者が会社内で孤立する事態になったのも、はっきり言って自業自得としかいいようがない。

さすがに本件では、ずっと彼を応援してきた人間も違和感を覚えたのだろう。何しろこの記事では、彼が先方にどんな電話応対をしたのか、一切書かれていないからだ。ブログに記事が掲載されたとき、ブログ読者の一人がTwitterにて

「どんな電話応対をしたのですか?あなたにも非があったからではないですか?」

と質問してきたが、彼はその質問に対して誤読だと居丈高に反論し、自分は悪くないと強弁してきたのには驚いた。どうやら彼は自分の都合の悪いところは徹底的に隠し、ひたすら相手の日を責め立てる性格の持ち主のようだ。 これでは知人・友人でも、彼を理解し支援するのは難しいだろう。

この本を読んでいて、彼が「正社員になれなかった」のは、就活の方法にも問題があったのではないか、と思っている。朝日新聞に入るのは、並大抵のことではないことはわかっているはずだから、他の新聞や雑誌社・出版社に入社し、そこで経験を積んでから改めて朝日新聞を目指した方がよかったのではないか。彼が言うところの「ジャーナリズム」にこだわるのならば、テレビやラジオの世界も志望対象に入れた方がよかったのかも知れないし、「書くこと」が最大の目的だったら、業界紙や広告業界でもよかったはずである。いずれにせよ、彼が正社員に慣れなかったのは視野の狭さが災いしたことは確かである。

彼が就職できなかったのは不運だと思う。だがそうなったのは、彼の性格と考え方にも原因があると断言できる。本書から滲み出る被害妄想と視野狭窄のおかげで、ネット上では「この本自体が炎上商法」と言われる始末であるが、とりあえず知名度アップには成功した。だがその性格と考え方を改めようという姿勢を見せない限り、仕事の幅は広がらないだろう。

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女性たちが社会に与えた、衝撃の告白。

その内容は、発光から30年以上経った今も十分生々しい。

 

雑誌で女性のヌードをはじめて目撃したのは、2歳の頃だろうか?だが母はそれらの写真を「神様が隠した」と言って、どこかに隠してしまった。おそらく母は女性のヌード写真を「汚らわしいもの」だと思っていたのだろう。性教育についても同じで、私は「性」に関する知識は、自分で身につけるしかなかった。

私が小学校時代(1970年代後半)、「婦人倶楽部(1920〜1988年、講談社発行)」「主婦と生活」(主婦と生活社発行、1946〜1993年)「主婦の友主婦の友社発行、1917〜2008年)」といったいわゆる「婦人雑誌」は、「オーガズム」「オンナに目覚めた夜」などといった刺激的なタイトルで、過激なSEX特集を毎月のように掲載していた。「主婦の友」に至っては「SEX特集」と銘打った別冊を毎月発行していたほどである。我が家にある「婦人倶楽部」には、主婦のオーガズム体験記が掲載された。彼女らが手紙で同誌編集部によせた告白記の内容は、40年近く経った今読んでも生々しく、男子が書いたポルノ小説のセックス描写よりも遙かに刺激的であり、小学生だった私には衝撃的だった。

1970~80年代は月刊婦人誌の他に、祥伝社が発行する「新鮮」、光文社が発行する「微笑」という隔週刊の女性週刊誌があった。一応「女性誌」と銘打っているので、掲載内容は芸能人に関する記事が中心である。だがこの両誌のウリは芸能関係ではなく「月刊婦人誌」以上に過激なSEX記事だったのではないか?両誌には毎号のようにSEX関連の記事が、ご丁寧に女性の裸の写真付きで掲載された。「主婦と生活」と発行元が同じである「週刊女性」に至っては、読者自身のヌードを披露するコーナーが存在した。彼女たちを撮影するのは、プロの写真家である。おそらく彼女たちは、自分が一番きれいな姿であるうちに、己の生まれたままの姿を遺したかったのだろう。

小中学生の頃、女子の同級生たちは自分の裸を見られるのを嫌がった。その一方で女性誌に、SEX記事に夢中になり、自分のヌードを掲載したがる「オトナの」女性たちの存在がいることは、子供心に不思議だと思っていた。勝手な憶測だが、これらの記事を読みながらせっせと「自家発電」に勤しんでいた男子中・高生も多かったに違いない。と同時にこれらの記事が、彼らの「性教育」の教科書という役目を果たしていた。そういえば‘1970年代~1980年代に放映されていたテレビドラマも、女優たちが平気でスクリーンやテレビカメラの前で、自分の生まれたままの姿を晒し、時には頭を揺らしながら嬌声を上げる場面が多かったと記憶している。====

世間にはこれだけ「SEX関連記事」を掲載する女性誌が多いにもかかわらず、1983年にこの本が出版されたときの衝撃は大きかった。私が考えるに、理由は2つ。1つはこの本を編集した「MORE」という雑誌はファッションが中心の雑誌でであり、他の女性誌が力を入れている「SEX」についての距離を置いていたと思われていたこと、もう1つは「月刊婦人誌」が掲載していたSEX関係の記事が「自分が体験した快楽の記録」が中心なのに対し、この本では女性自身が自らの言葉で、SEXに対する欲求を赤裸々に語ったことである。

MORE」が1980年・1981年に実施したアンケートに回答した女性は、13歳~60歳の5,770人(1980年は5,422人、実名回答は1,460人。1981年は348人)。編集部が用意した質問は全部で45問。読者に自らの具体的な性生活を事細かく尋ねる内容のため、読者から寄せられた回答の整理・分析に2年半を費やした。インターネットが普及した現代、同様の質問をネット上で募集したら、回答を寄せる読者がどのくらいになるのかは想像できないが、おそらく相当数の回答が寄せられるだろう。むろん日本国内だけでなく、海外に在住する日本人および日本語を理解する外国人も、この企画に積極的に参加すると思われる。もっともこの企画自体をもって、日本女性の性に関する意識を代表することはできない。「MORE」の読者層は20~30代の、それもある程度知的水準が高い女性である。だからこれらの数値は、あくまでも参考程度として受け止めるべきであるが、1980年代初頭における、女性の「SEX」「性」についての意見・思考をまとめた書物として、大いに評価されるべきだろうと思う。

このアンケートは、1983年「モア・リポート」という単行本にまとめられ、3年後に文庫化された。本書はその前半にあたり、 この本には、17歳~52歳(当時)の、様々な背景を持つ43人の回答が掲載されている。43人の中には「処女」という人もいれば、SEX体験が豊富な人もいる。ただ雑誌の読者層を反映してか、短大以上の学歴を持つ知的階層の高い人が多数派を占めている。高卒・中卒と思われる回答者は少数派だが、地頭は周囲が思っているほど低くないというのが、回答を読んだ私の印象である。

回答者全員に共通するのは

「男性はびっくりするほど女性の身体について無知である」

ということ。AVの影響で、自分だけ気持ちがよくなればさっさと終わり、私のことなんかまるで考えていないと訴える女性が多い現代だが、驚くべきことに、30年以上前のアンケートですら、そのように思っている女性が多かったとは。回答者の中には、親から「SEXとは、汚らわしいものである」という教えを受け、SEXについてろくな知識もないまま新婚初夜を迎えたという女性もいた。不幸にも夫もまた、SEXについて満足な知識を与えられないまま初夜を迎えたという。当然そこには「性の歓び」というのは存在しない。その女性はこのアンケートで、結婚後の性生活は不満足であると回答した。

愛撫もそこそこに女性の中に入り、一方的に動いて射精する男性。事が終わった後、女性の気持ちを考えず、さっさと寝てしまう男性。女性の意思とは関係なく、己の欲望のままにSEXを迫る男性。避妊に非協力的な男性。この本には、彼らに対する不平不満をぶちまける女性の声が多く紹介されている。当然のことながら、そのことを訴える女性の多くは、夫婦仲がうまくいっていないか、離婚を経験している。反対に、充実した性生活を送っている女性は、夫との関係がうまくいっている。驚くべきことに「夫との性生活は充実しています」と答えた女性の中に、夫とは別の男性と付き合っていると告白する女性も、複数回答を寄せていたこと。現在では、某タレントではないが「不倫は文化」になっているが、当時はそこまで世間も寛容ではなかったから、彼女たちはかなりぶっ飛んだ(「進んだ」とは、微妙な気がする)感覚を持っていたと思う。18世紀フランスの貴族社会では、不倫や浮気は当たり前だから、先の回答を寄せた女性は、ロココ時代の風習を現代でも実践していると思っているのかも知れない。また、回答を寄せた女性の中には「『SEXは汚らわしい』という感覚を持っている」という回答を寄せた女性の中には、親のSEXを目撃したことの悪影響があるらしい。私は幸か不幸か、自分の親がSEXをしている場面を見たことがないが。

既存女性雑誌が特集する「男の心を掴む手段としてのSEX」「男のご機嫌を取るSEX」「男に尽くすSEX」から「自身の快楽を追求するためのSEX」へ。実は女性も、積極的にSEXを愉しみたい。夫から丁寧に愛され、めくるめく歓喜の世界に浸りたい。愛する人(だけ)に、己のあられもない姿を欲望のままにさらけ出したい。だがそれを拒んでいたのは「結婚するまでは処女でなければならない」という処女至上主義や「妻は、たとえ自分がその気になっていなくても、夫にその気があればベッドの上でも夫に尽くさなければならない」という「貞淑な妻」を求める世間の目。彼女たちの願いは、女性が持つ欲望の壁をぶち破り、SEXは男女間の至高のコミュニケーションであるということを世間に理解させるということだった。この本は、女性のSEXについての主張を世間に知らせるための第一歩だったのかも知れない。

この本を読み終わって、本書に回答を寄せてくれた女性は、今どんな生活を送っているのだろうと想像してしまう。さすがに最初の回答から30年以上が過ぎ、当時40代・50代だった女性は、おそらく現在は鬼籍に入っているだろう。そして回答当時10代・20代だった女性は、今この本に掲載された自分の回答を観て、どんな思いを抱いているのだろうか聞いてみたい。30年前の自分と比べてみて、今の自分の「SEX」に対する意識はどう変化したのだろう?一人の男性として、大いに気になる。

若き日に勇気を出して答えた青春の記録として、私は彼女たちに敬意を表したい。

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この本が出てから7年経つが、生活保護者の状況は当時より悪くなっているのはなぜなのだろう?

著者 :
明石書店
発売日 : 2008-09-30

2008年3月29日、東京都内のとある公立中学校で「貧困撲滅」を訴えるシンポジウムが開催された。このシンポジウムに参加したのは、ワーキングプアやサラ金で苦しむ人たちの救援団体、労組、婦人団体など総勢90を超える団体と、1,600人を超える参加者たち。この本は、そのシンポジウムの様子を収録した本である。

「貧困」と聞いて、まず頭に思い浮かぶのは「生活保護」制度だが、この本を読むと、生活保護受給者に冷ややかな目線を向けているのは日本だけで、海外では「苦しくなったら、生活保護に頼るのは当たり前」という意識が常識になっていることがわかる。日本における「生活保護」のあり方は、海外メディア関係者には異様に感じられるということが、冒頭に掲載されている、海外メディア特派員の討論会で明らかになる。

「生活保護」制度は、困窮者にとって最後の頼みの綱なのだが、生活保護受給者を諦めさせようとする「水際作戦」が、こともあろうに実際は役所・福祉事務所により実施され、それを阻止しようとする団体NGO側が行使するケースが多発している。実際に需給にこぎつけても、役所からあれこれ言われるケースも多い。年末年始の「年越し派遣村」運動のおかげで、派遣切りをされた人たちに対し、以前よりは生活保護需給がしやすくなったという報道もされているが、ほとぼりが冷めればまた「水際作戦」が復活するのではないかと、運動関係者は危惧している。

さらにこの本では「貧困問題」が、教育や徴税業務の面にも深刻な影響を及ぼしているということを明らかにする。貧困家庭では、必要最低限の学費を払えず高校進学をあきらめてしまうケースが多いという。福祉児童手当が削減される傾向にあるからだ。民間のボランティアが、貧困家庭の自動の高校進学をかなえようとサポートしているが、それでも彼らの将来は険しい。

徴税業務においても、サラ金の取立てと違わないほどのケースが目立つという実態が明らかになる。深刻化する不況による売上不振で、税を滞納する個人商店が急増しているが、国税徴収法や地方税法では、生活を破壊するような滞納処分や差し押さえを禁止する規定がある。しかしこの規定も先ほど触れた「水際作戦」同様、実際は守られていないケースが多いそうだ。小泉内閣が推進した「三位一体の改革」における地方交付税が削減された結果、税収不足を補うために地方自治体当局が、税金滞納分の分割納付を認めなくなったからである。各種控除が廃止され、生活が立ち行かなくなっているにもかかわらず、である。====また、この本では消費税の正体についても明かされている。消費税は売上金の5%を徴収するのだが、消費税法では、輸出分についてはこの税金は課税対象外とされている。また企業の総仕入は非課税とされているが、大企業の多くは人件費を外注分として計上しているため、その分には消費税が課税対象とならないというのである。財界が「消費税値上げ」を叫ぶのは、こういう理由があるからだということが、このシンポジウムで明らかになるのだが、この点を指摘するメディアは皆無である。

最後に、労働組合関係者による討論会の様子が収録されている。連合全労連傘下のフリーター労組、独立系のフリーター労組が参加したこのシンポジウムで、この問題はもはやイデオロギーを超えたものになっているということが認識されるのだが、 残念ながら連合本体内部から、このシンポに参加したことに対する批判の声が多数上がったという。連合傘下の有力労組幹部の中には「われわれは『年越し派遣村』みたいなことはやらない」とはっきり言い切る者もいる。しかし連合傘下の電機労連所属の一部労組は、派遣切りにあった労働者のためにカンパを募るところも出てきているなど、組合によって対応に温度差があるのが残念だ。

シンポを企画し、この本を編集した「反貧困ネットワーク」は、分野と政治的スタンスを超えたつながりを作ることを趣旨として活動するが、このシンポに参加した団体は労組・生活保護支援団体を始め、医療支援団体、教育など広範囲に広がっている。

この本を読んで、日本の「貧困問題」がどんな問題を抱え、具体的にどのようにすればよいのかを理解してくれることを切に願う。

ここまでが、前のブログに書いたときの文章である。この書評を書いてからかれこれ7年経つが、生活保護受給者が置かれた状況は、当時に比べて格段に悪くなっているというのが実態である。

生活保護受給者に大打撃を与えたのは、2012年4月に発覚した生活保護受給問題である。これはとある芸人が、扶養能力があるにもかかわらず母親に生活援助をせず、母親は15年間も生活保護を受給していた。ところがこの事態をとある国会議員が国会で取り上げ、マスコミがセンセーショナルにこの問題を取り上げたことで「生活保護受給者バッシング」が起こった。もともと生活保護制度は、財政的に頼れる人がいない人のための最後の手段だったが、このことがきっかけで生活保護法は「改悪」された。具体的には、保護受給対象者は親戚全員で対象者の面倒を見るようにし、それができない場合に限って「受給対象」になる制度になったのである。制度が改悪される前は、受給が決定すると住んでいる自治体担当部署から、当座に必要な食料品などが送付された。またまじめに就労したり、就職活動をしている受給者に対しては、夏季・冬期に「ボーナス」という形で臨時給付があり、これは受給者にとっては大変役に立っていたのだが、開成を期にこの制度が廃止されたばかりか、月々の受給額も減らされ、今年(2015年)になってからは住宅手当も減額された。心ある担当者は、この制度改悪に反発しているが、この声が為政者には届かない。「生活保護受給者バッシング」では大々的に報道したメディアも、この問題に関してはほとんど触れることはない。

当時の報道では「雇い止め」という言葉がしきりに使われたが、なぜメディアは「勤務先を解雇された」と書かないのか、不思議でならなかった。今から考えるに、派遣労働者を雇用していた会社の多くは、メディアの大スポンサーだから、彼らも大企業のことを悪く書けないのだろう。というより、記者と大企業関係者には大学の同級生というケースが多いのだ。だから企業に入った人間はメディアにちょっとした圧力をかけられるだろうし、メディアに入社した人間も「自己規制」するようになる…とウダウダ書いているが、ようは企業もメディアも、自分より立場の弱い人間のことを考えていないのだろう、と思ってみたりしている。

先述の通り生活保護受給者バッシングが吹き荒れたが、実際の不正受給者は数%に過ぎない。一部の不正利用者のために、多くの真っ当な利用者が白眼視されるのはたまらない。バッシングといいボーナス廃止といい、多くのまじめな受給者を虐げるのはいかがなものか?「貯金しろ」と福祉事務所はいうが、正社員ですら貯金できないほどの安月給で、過労死寸前までこき使われている現状を、誰も厳しく指摘しないことの方が異常なのだが。

ああ、つくづく貧乏が憎い。

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ルポ 貧困大国アメリカ

おそらく、この本は今年(2008年)上半期(1~6月)のノンフィクション界におけるベストセラーに違いない。個人的に、そう確信させるだけのデーターと説得力を持った本である。

2001年に発足したブッシュ政権は

「市場のことは市場に聞け。市場に聞けばなんでも解決できる」

という、経済学者ミルトン・フリードマンが提唱する「新自由主義経済政策」に基づき、教育・医療などありとあらゆる分野において競争原理を導入した。彼等の頭の中には「市場経済を活性化させれば、優秀なサービスが生き残る」という考えがあったに相違ない。だがそれらの政策は「勝ち組」はますます栄え、「負け組」は食うや食わずの状況という、有史始まって以来の格差を生み出してしまった。

激烈な「優勝劣敗」の論理が行き着くところまで行き着いた状態、それが今のアメリカである。

まず教育。

義務教育への補助金を削った結果、公立学校の給食はハンバーガーに代表されるファーストフードが中心になって野菜がほとんど提供されなくなった結果、肥満に苦しむ児童が増加した。それらの多くは貧困に苦しむ家庭の子で、彼らの親はわが子に栄養十分な食事を提供できない。頼みの綱の学校給食も、予算削減のあおりを受けて上記のような食事しか供給できず、結果として肥満の再生産を生み出している。しかも、学校給食をビジネスチャンスとみなし、市場参入を虎視眈々と狙っているファーストフーチェーンもあるというから穏やかではない。

全米各地で実施されている「肥満キャンペーン」は、もうお笑いでしかない。肥満を解消するには、児童の生活環境を改善しなくてはいけないのにそれには手をつけず、体操しましょう、ミルクを飲みましょうという見当違いのキャンペーンを喧伝している。肥満対策に奔走する看護婦は

「炭酸飲料が大好きで、体育館の近所には子供たちの大好きなスナック菓子が並んで待っている児童が、体操したりミルクを飲んだりするわけがない」

と冷ややかに言い放った。====

「貧乏」という境遇から脱出するためには、高い学歴が必要だ。だが「なんでもカネ」のアメリカにおいては、大学への学資が高い壁になって立ちふさがる。軍隊は貧困層をターゲットにして「軍隊で一定期間軍務に服すれば、大学への入学金や奨学金を用意してやる」とささやく。貧乏人はその言葉を信じて軍隊に入隊するが、彼らを待っているのは「絶望」の2文字。訓練で猛烈にしごかれ、指導教官からこれでもかといわんばかりに悪口罵詈雑言を浴びせられ、新兵は精神を病んでいく。映画「フルメタルジャケット」や「愛と青春の旅立ち」をご覧になった方なら、新兵教育がどんなものなのかお分かりだろう。

運よく軍務を終えても、大学にいけるとは限らない。郡から奨学金を得るには一定の金額を軍に払わなければならず、その金額は新兵の給料では払えない。かくして貧困層は、永遠に貧困層から脱出できない。

上官のしごきに耐え、軍資金をもらい、大学に入ったとしても、今度は「就職」という壁にぶつかる。卒業しても、働き先が見つからないのは、今の日本とよく似ている。頼みの「奨学金」ですら、アメリカでは「ローン形式」になっているから、就職先がないということは、即ホームレスを意味する。ローン返済のために、短期の仕事やアルバイト、派遣で糊口をしのぐことになるが、派遣登録会社では「古い順から3つまでの職歴は消せ」と指導される。そうでないと、仕事にありつくことも困難だからだ。

社会を支えるためにあるはずの医療と保険も、アメリカ中に吹き荒れる「新自由主義」に影響されてとんでもないことになっている。前者では過剰ともいえるノルマ主義のせいで、心身とも疲れ果てた医療従事者の退職が相次ぎ、後任者の補充もままならない。後者にいたっては、何か事が起こっても保険金は規定どおりに支給されず、クレームの電話は次々にたらいまわしされ、被保険者があきらめるのを待つのが当たり前。日本でも年金改革や医療保険の改革が叫ばれているが、アメリカの医療関係者は

「日本の国民皆保険制度は世界でも最高のシステムなのに、なぜアメリカの制度を導入したがるのか?」

と不思議がっているそうだ。

今世界中を恐怖のどん底に落としている「サプライムローン」。これは貧困層を狙うビジネスの中でも、最低最悪なものだ。満足に英語の読み書きもできない移民層に、言葉巧みに「あなたもわずかな支払いでマイホームを持てます」と契約を持ちかける。嬉々として契約書にサインする彼らを待ち受けているのは、馬鹿高いローンの支払い。最初の数年間こそ利率は低いが、その期間を過ぎたら利率は貧困層の支払い限度を超えてしまう。識字率の低い人たちにこんなローンを売りつけたらどうなるのか、結果はわかっていたはずだ。ローン業者は目先の儲けほしさで、悪魔に魂を売った。

金がないやつは国家の役に立たない、国家の役に立たない貧乏人は死んでしまえ、そんな風潮にあふれているのが今のアメリカである。実際、ニューオーリンズの大水害の犠牲者のほとんどは、移動手段もろくにない貧困層だった。「国民の安全を守る」という国家の最低限の仕事の範疇にも「市場原理」を導入したのが原因である。

劣悪な環境を改善するのが政治・政府の仕事なのに、強者は「自己責任」の一言で彼ら貧困層の劣悪な環境を省みず、「アメリカン・ドリーム」といわれる成功者の多くもまた、貧困層の救済に立ち上がることはない。市民たちは貧困者救済に立ち上がっているが、議会が彼らの声にこたえることはない。今のアメリカ連邦議会議員の多くは、大企業から献金を受け、大企業の代弁者に成り下がっているからだと指摘する人もいる。

この本を見て「これはアメリカの一部分だけでおきていることだ」というのは簡単だ。だがこれらの現象を「一部」と割り切っていいのだろうか?人は、生まれてくる環境は選べない。生まれながらに、劣悪な環境で生きざるを得ない人たちはこの世に多く存在する。

「アメリカの現在は日本の10年後」といわれて久しいが、今の日本に格差問題を食い止めるだけのエネルギーを持っている集団がいるのかと、私はやや懐疑的な目で見ている。しかし、だからといって「座して死を待つ」というのは最低である。

ほんのわずかでもいい。自分より弱い立場の人間を思いやる気持ちを持つこと。

今の日本人に求められているのは、まさにそれではないだろうか。

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太田出版
発売日:2007-03-13

 

雨宮処凛は、「右翼」の人間として世に出た人である。

初期の頃の著作に「ミニスカ右翼」という枕詞がつくのは、そのためである。

ところがイラク戦争(2003年)をきっかけにして、彼女の思想は「右」から「左」へと転換する。

近年は「ワーキングプア問題」に積極的に関わり、現在は「反貧困ネットワーク」副代表を務めている。

「ミニスカ右翼」がなぜ「反貧困」を叫ぶようになったのか?

その原点が、この本にぎっしりと詰まっている。

なぜなら、彼女自身が「階層の固定化」の波に巻き込まれかねなかったから。

今でこそ「作家」として名前が知られている彼女だが、高校時代は美大への進学を希望していた。

ところが当時住んでいた田舎では、美大志望の高校生がどんな勉強をしているのか全くわからない。美大予備校に通うために上京するが、東京の美大予備校は地方のそれよりも遙かにレベルが高く、美大進学をあきらめ「フリーター」への道をたどることになる。

その後はアルバイトを転々とするが、いちばんつらかったのは「フリーター」というだけで社会的信用がないということを実感したことだった。お金が足りないと、真っ先に疑惑の目を向けられるのは「フリーター」である。求職のために電話をすると、先方から「フリーターお断り」と一方的に断られたこともあった(私にも全く同じ経験をしている)。「風邪を引いたから休む」といったら、雇い主から「明日からこなくていい」と解雇され、別のバイト先からは「経営が苦しいから」辞めてくれといわれたこともある。当時の境遇を、自分の努力不足だとあきらめていた作者だが、今は自信を持っていえる。「これらの行為は、労働基準法違反だ」と。====

「夜の社会」にどっぷりとつかり、将来性が全く見えなかったある日、たまたま「作家デビュー」の機会を得てフリーターから脱出することができた作者だが、彼女はそのことを

「ただの偶然に過ぎず、奇跡が起きなかったら、私は未だにフリーターのままだったろう」

と述懐していることから、彼女にとって「フリーター」の時代は、思い出すのも嫌な時代なのだということをうかがい知ることができる。

しかし、彼女が「フリーター」という選択をした’90年代後半は、「フリーターは新しい働き方のモデルを示すものである」という評価をされていた。メディアはこぞって「『フリーター』という生き方は代わり映えしない『サラリーマン』的生き方を否定するものだ」とはやしたてた。求人誌には、フリーターの気持ちを代弁しているキャッチコピーが踊っていた。しかし、うわべだけの「自由」の代償として、年とともに賃金格差が拡大すること、生活が安定しないことを指摘するマスコミは、当時皆無に近かった。またフリーターでも労働基準法によって権利が守られていること、年金に加入できることを指摘するメディア・識者もほとんどいなかったと記憶している。「派遣切り」「雇用劣化」の芽はこの時代にまかれていたのだが、これらのことを指摘せず、今になって「派遣切り」「雇用崩壊」と騒ぎ立てるメディア・識者には本当に腹が立つ。

では、「正社員」になれれば「安定した生活」を手に入れることができるのか?

答えは「否」である。

作者の弟は、大学を出てフリーターを経た後、地元のY電機(本書ではイニシャルだけしか明記されていないが、内容を見る限り「ヤマダ電機」のことだと推察される。本文中でイニシャル表記になったのは、ヤマダ電機の圧力を恐れたからだとしか思えない)に契約社員として就職し、1年後には念願の「正社員」に昇格するが、社員になったらなったで、毎日のように早朝出勤・深夜残業。それが連日のように続き、顔には死相まで表れた。家族の説得で会社を辞める事になったが、彼は最終出勤日は午前4時まで働かされた。「もっと早く帰れないのか?」と疑問に思う人も多いだろうが、店長も毎日深夜まで働いているため、部下はそれより早く帰宅できないのだ。彼の月収は手取りで32万、1時間あたりに換算して、時給700円という事実に、作者は憤りを覚える。

法令無視の労働環境で社員をこき使い、労働基準監督局の査察が入らないよう、出退勤のシステムに巧妙な仕掛けをする。社員の家族が労基局に訴えても、労基局職員はなんだかんだと理由をつけて動かない。社員をぼろぼろにこき使って使い捨てる一方で、会社の株価は最高値をつけ、自分の子供が交通事故死した時には「将来の社長候補」という理由で、相手に高額の損害賠償を請求する。「普通に就職して、普通に働きたい」と希望する若者に対する、経営者の仕打ちがこれかよ!と思わせる事例の数々には、本当にあきれる。労働者を「人」ではなく「モノ」としか見ていないからだ。

新刊紹介雑誌「ダ・ヴィンチ」での書評欄で、「ネットカフェ難民」を扱うドキュメンタリーは、現代のホラーだと書かれた一文を見た。「ホラー」も、映像の中にとどまっているうちはまだいい。嫌だと思ったら、見なければいいだけの話だ。だが現実世界に「ホラー」の概念が生まれたら?いや、今の労働環境は「ホラー」よりもひどい。働かず、家に引きこもる人間に世間は「落伍者」「怠け者」のレッテルを貼り、「自己責任」という概念でバッシングを正当化する。それが「命」を守る目的であっても。

作者自ら「労働」で塗炭の苦しみを味わっているだけあって、この本に取り上げられている事例には説得力がある。虐げられる者は立ち上がって抵抗せよ、と主張する。一読して、表現がとげとげしいという人間がいるかも知れないが、逆に彼等をそのような状況に追い込んだのは誰なのか、徹底的に追求する姿勢を見習いたいと思う。

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