「2016年6月の読書リスト」

早いもので、今年も半年が過ぎた。今年(2016年)は参議院選挙がある。今回の選挙でどんな結果になるのか、正直言って怖い。皆様ご存じの通り、与党は今回の選挙で全議席の2/3を占めることを目標にしている。そうすれば、安倍政権の悲願である「憲法改正」の実現に一歩近づくことになる。

だが、有権者は本当に自民党を勝たせてしまうのか?そのカギを握っているのは、1人区の情勢である。前回の参院選で、与党勢力は29勝と圧倒した。しかしその原因は、野党系候補が乱立して共倒れになったからで、与党系候補の得票率は半分に満たない。前回の参議院選挙では、野党系候補の得票率が与党を上回ったところも多かった.そのため心ある多くの有権者は「なぜ野党は大同団結できないのか?」と怒りの声を上げた。野党各党が候補者を絞り、票割りをうまく配分していたら、結果は違っていたと指摘する識者も多い。彼らも前回の苦い教訓を生かす姿勢はあるようで、今回の選挙では野党(民進・共産・社民・生活)合同の統一候補を立てて、これに対抗しようとしている。今回やっと有権者の要求が通ったが、中心野党の民進党内部では、この期に及んで「共産党との共闘はイヤだ」などとガタガタ言っている。自民党に不満を持つ保守層が増えているにもかかわらず「共産党と組めば、彼ら保守層が逃げる」という議員がいるのだ。この党の「政治センス」のなさは今に始まったことではないが、この体たらくを見ると、政治に絶望を感じる人たちが増えるのも当然だろう。

今回の選挙から、選挙権が18歳からに引き下げられる。おそらく安倍政権は「若者の保守化」を見越し、今だったら選挙で勝てると思ったのだろう。昨年の安保法制反対で名前を売ったSEALDsは確かにがんばっているが、彼らに続こうという若者の動きが見られない。元外務官僚の孫崎享氏は「日刊ゲンダイ」のコラムで、自民党を支持すると回答した東大新入生が3割、安全保障法制の成立を「評価する」「どちらかといえば評価する」と回答した学生が4割を超えたことについて、強いものに取り入ることしか考えていないと嘆いていた。しかしそんな年寄り世代の諫言も、若者の耳には届かない。自分たちと同じ世代、同じ階層としか交流を持たないのが、今の若者である。だから、私は期待していない。21世紀の15年間で、日本は怖ろしく醜い国になってしまった。これから日本はどうなるのだろう?考えるだけで怖ろしくなる。

それでは、先月読んだ本の紹介である。

 

超・反知性主義入門

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「2016年5月の読書リスト」

今年も6月がやってきた。今週、気象庁は九州から東海地方が梅雨に入ったことを告げた。既に沖縄は梅雨に入っているが、震災の後遺症から未だに立ち直れない熊本県民にとっては、この上なく鬱陶しい梅雨になることは確実だ。全ての被災者が、仮設住宅には入れるのはいつになるのだろうか。自分の住んでいるところが、あれだけの大規模震災に見舞われたらと思うとゾッとする。

話は変わるが、自宅にBSを入れてみた。ただでさえカツカツな生活なのに、お前は何を考えているのかと当初は文句を言っていた母だが、自分の好きな韓国ドラマを見放題と知ったとたん態度が変わり、今では夢中になってテレビを見ている。

確かに、BSの世界は面白い。だがこの世界は、私みたいな「経済弱者」には実につらい。面白そうな番組は、それなりの視聴料(2,000円~税抜/月)を払わないと、見ることができないチャンネルが多いからだ。また提供されるチューナーも、USBケーブルで接続できるレコーダーがないと、全くの役立たずである。録画して再生するとき、レコーダーが古いと、画面がハイビジョン(以下HV)幅にならない(いわゆる「標準画質」)。最近はチューナーの性能がアップしたので、旧式レコーダーでもHVで再生できる。だが画面幅がHVになるだけで、画質が向上するわけではない。テレビの画面設定を調整するだけでは限界がある。本来の画質を堪能するためには、外付けでもいいからハードディスク(以下HDD)を買わないといけない。

つい先日、私はお金を貯めて外付けHDDを購入し、付属のUSBケーブルをチューナーに接続して番組を録画・再生したところ、現在使っているレコーダーで再現される画質とは比べものにならないほどきれいな画面だった。さすが最新鋭のHDはすごいな…と思っていたら、購入してたった一週間で、HDDの調子がおかしくなってしまったではないか!再起動を繰り返し、チューナーの接続をし直しても、いっこうに不調から立ち直る気配がない。

原因として考えられるのは、室温・湿気(この二つは。PC及びその関連部品の大敵である)が前日より上昇したため、基板内の温度が高くなって働きが悪くなったこと、長時間(といっても数分~長くても2時間ほど)複数番組を同時に録画していたこと、録画しながら録画済みの番組を再生していたことだろうか。それ以外に思い当たる理由がなく、もちろん乱雑に扱ったことはない。前日までサクサクと動いていたので、誰かが細工した可能性もない。まさか工場から出荷~店舗に搬送される途中で落下した製品が、そのまま私の手元に来たのだろうか?疑えばきりがないが、はやく元に戻ってもらいたい。これ以上の出費は勘弁して欲しい…

…と思っていたのだが、夜になって、気温が低くなったからか、それとも冷房が効いてきたのか、やっとHDDの調子が戻った。だが本日録画したドラマ・映画は画像が乱れたまま録画されたため、泣く泣く消去することになった。その中には、いつ放送するのかわからない作品もあるから、心理的ダメージは大きい。「夏バテ」する機械なんて、人間みたい…なんて、冗談じゃない。その後も、同時録画していた映画が、途中で録画できなくなったりとトラブル続き。その後も、HDから異音が出る度に心臓が痛くなったりだったが、とうとう我慢の限界がやってきた。見たいアニメが同じ時間帯に放送されるので録画設定したところ、再生された番組は二つとも短時間しか録画されなかったのだ。結局購入店に相談の上、新品と交換してもらうことに。その後Webを見たら、製造元のサポートセンターについての不満が出るわ出るわ…あああ、早くお金を貯めて、本機レコーダーを買わないと。

さて、先月読んだ本の紹介。

コミックが多かったのは、膝を痛めて毎日のように通院しており、通院先に置いてある作品を読む時間があったからだ。

 

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2014年3月の読書リスト

今月から、消費税が5%→8%に上がった。

1,000円の本を買ったら、本体価格の他に80円税金を払わなければならないということである。

本だけでなく、物価全体も上がるというのに、肝心の給料が上がる気配がまるでない。

さらに頭にくるのは交通費で、切符をバラで購入するのは10円単位で値上がりし、Suicaを利用する場合は1円単位で税金(+運賃)を徴収するという「二重運賃」体制になってしまう。つまり、遠距離を利用する場合はSuicaの方が安いケースが続出するそうだ。

こうなると「アベノミクス」って、いったい何だ?と思ってしまうのだが、それを疑問に思う国民はほとんどいない。いや、思っていても口に出さず、ただ周りに同調しているだけか?

というわけで、先月読んだ本の感想である。

2014年3月の読書メーター

読んだ本の数:6冊

読んだページ数:1546ページ

ナイス数:0ナイス

家族八景 (新潮文庫)家族八景 (新潮文庫)

読了日:3月1日 著者:筒井康隆
戦争社会学ブックガイド: 現代世界を読み解く132冊戦争社会学ブックガイド: 現代世界を読み解く132冊

読了日:3月7日 著者:
カブキブ!  1 (角川文庫)カブキブ! 1 (角川文庫)

読了日:3月10日 著者:榎田ユウリ
ぴあ [最終号]ぴあ [最終号]

読了日:3月17日 著者:
キネ旬総研エンタメ叢書 『ぴあ』の時代キネ旬総研エンタメ叢書 『ぴあ』の時代

読了日:3月24日 著者:掛尾良夫
もやしもん(13)<完> (イブニングKC)もやしもん(13)<完> (イブニングKC)

読了日:3月25日 著者:石川雅之

読書メーター

家族八景

筒井康隆の初期の傑作「七瀬三部作」の第一作である。

高校を卒業して以来、住み込み家政婦として働く火田七瀬。

彼女には「人の心を読む」能力があるが、それを他人に知られるのを恐れている。

七瀬が住み込み先で遭遇する事件の数々、そして彼らが抱える心の闇…

この本が出版されて40年以上経つが、家庭が抱える問題は、今も昔も変わらないのだということがよくわかる。

これは家族の問題なのか、それとも社会の問題なのか…

戦争社会学ブックガイド: 現代世界を読み解く132冊

「戦争」について語る場合、専門分野である政治学の視点で語られるケースが圧倒的である。だが「戦争」というのは「政治学」の切り口だけで、真相が明らかになるのだろうか?

この本は「戦争」について、歴史学・ジェンダー・メディア・文化などの視点から「戦争」について読み解こうという試みを集大成した書籍である。中心となるのは、この本のタイトルにある「社会学」であり、その守備範囲はとても広い。本書では「戦争社会学」を「戦争という特定の研究対象を専門的に探求する社会学の学問分野」と定義しているが、残念ながら「戦争社会学」という学問分野は、日本ではまだ存在していないという

(外国では「軍事組織の社会学」という学問分野があるそうだ)。

各項目に1〜2冊が推奨図書として紹介され、巻末に「参考文献」として多数の書籍が紹介されており、それらを加えると、読むべき書籍は軽く200冊を突破する。各項目で取り上げられる書籍は、原則として現在でも入手がしやすいものが中心なのはありがたい。====

カブキブ! 1

歌舞伎が大好きな男子高校生が、学校で「歌舞伎部」を作ろうと奮闘する物語である。

「歌舞伎」をテーマにしているが、歌舞伎の知識が全くない人間でも十分楽しめる学園小説。

主人公は歌舞伎好きの高校1年生で、友達と一緒に「歌舞伎部」を立ち上げようと奔走するが、そこには様々な障害があった。

当初は「部」としての活動をしたかったのだが、とある校内規則のためにそれは叶わず、当初は「同好会」として活動することに。

メンバーが固まり、老人ホームでの公演デビューも決まり、それに向けて稽古を積み重ね、いざ本番…を迎える直前、主人公をアクシデントが襲う。絶体絶命のピンチを救ったのは…というところで、第2巻に続く。

ぴあ 最終号

1972年の創刊以来、エンターテインメントの分野に大きな影響を与え続けてきた情報誌「ぴあ」。

月刊誌として創刊され、その後隔週誌→週刊誌→隔週誌という変遷を辿ったが、「チケットぴあ」のシステムトラブルに端を発するトラブルと、出版不況のあおりを受けて2011年8月、ついに休刊に追い込まれる。本誌はその最終号である。

創刊以来「ぴあ」が力を入れていた映画界だけでなく、芸術・舞台・音楽の各分野で活躍する著名人から、休刊を惜しむメッセージが続々と寄せられていることで、この雑誌が彼らから信頼されていたかがよくわかる。圧巻なのは、最終号を飾る企画として、1975年9月号から最終号まで、一回も休むことなく表紙イラストを描き続けた及川正道のイラストをすべて掲載していること。表紙に取り上げられた人物は、当時話題になった人たち(映画の登場人物を含む)。この表紙を見て「あの時代は、こんな事があったんだなと、当時を懐かしむ人もいるに違いない。

『ぴあ』の時代

「ぴあ」の創刊時、ぴあが運営した「ぴあフィルムフェスティバル」の立ち上げの裏側を中心にまとめめられたドキュメンタリー。

前述の通り「ぴあ」はエンターテインメント全般を扱っていたが、本書は出版元が映画出版社ということもあり、話題は映画関係に限定されているため「絵画や舞台のことについても触れられている」と思って買った読者は失望を感じるだろう。この本を読んで感じたことは「新しい雑誌の立ち上げには、ものすごいエネルギーがいる」ということ。ぴあ休刊についてさらりとしか触れていないことに、違和感を持つ人もいるだろう。

もやしもん(13)

2004年8月の初掲載以来、足かけ10年にわたってゆる〜い展開が続いてきた、農業大学を舞台にした学園マンガ。

152話から「月刊モーニングtwo」に移籍し、その後どういう展開になっているのか気になっていた。先月本巻が発行され田でページをめくっていたら、この巻をもってとうとう最終刊を迎えたなんて…。゜(゜´Д`゜)゜。。

振り返ってみれば、主人公とその仲間たちの1年間を10年近くにわたって書いていたわけだが、このペースで連載を続けていたら、主人公が卒業するまでにかなりの話数を費やすことになるのだろうなと思っていたから、この巻をもって連載を終わるのはちょうどいいかも。

個人的には主人公・沢木とその恋人(?)西野&怖い先輩院生・長谷川とよき(?)先輩・美里の中がどうなるかが知りたかったな。

沢木は、無事に(?)童貞を捨てられたのか(菌どもは「さっさと一線を越えんかい!」と煽っていたが)。

モデルとなった大学は、アニメ版では東京農工大学が登場していたが、作者と担当者は最後まで「『某農大』は『某農大』です」といって明かさなかった。ちなみに沢木たちの担当教官・樹慶蔵教授のモデルは、東京農大の教授だったそうだが…。

個人的には「もやしもん2」としての復活を切に希望している。

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2014年2月の読書リスト

貧乏なのに

ただでさえ本を置く場所がなくて、家族から文句をいわれているのに

本屋の世界が大好きだから困ってしまう。

お目当ての本があって書店に立ち寄っても、次から次へと

洪水のように出版される新刊書に目がくらみ

結果として別の本を買ってしまうというのは毎度のこと。

この読書メーターに登録された「読みたい!」という本はいつの間にかに2,000冊を突破した。

実際にはこれだけの本を読めるわけがないし、読めたところで理解できるかどうかも怪しい。

それ以前に、置くスペースの問題があるんだけどね。

天野祐吉のCM天気図 傑作選―経済大国から「別品」の国へ天野祐吉のCM天気図 傑作選―経済大国から「別品」の国へ

読了日:2月4日 著者:天野祐吉
名門高校人脈 (光文社新書)名門高校人脈 (光文社新書)

読了日:2月19日 著者:鈴木隆祐
館林発フェアトレード―地域から発信する国際協力館林発フェアトレード―地域から発信する国際協力

読了日:2月24日 著者:東洋大学国際地域学部子島ゼミ
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 03月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 03月号 [雑誌]

読了日:2月28日 著者:
ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

読了日:2月28日 著者:堤未果

読書メーター

.天野祐吉のCM天気図 傑作選―経済大国から「別品」の国へ

昨年10月に惜しまれつつ亡くなった、元「広告時評」代表・天野祐吉氏が、朝日新聞に約30年間連載した同名の名物コラムの傑作選である。全部読んでみて、このコラムに掲載されたコラムを全部読んでみたいなと思った。一部の抜粋だけを纏めるなんてもったいない。

すべてのコラムに共通しているのは、弱者へ向けるまなざしの優しさ。そして権力への辛辣な視線。

興味深いのは、2008年以降のコラムの字数が、開始時に比べてかなり減っていることが目立つこと。

その理由はいったい何だったのだろう?

余談だが「広告時評」で長年にわたってコンビを組んだ島森路子が闘病生活に入ったからだそうだ。このコンビがこの世で見られないというのが悲しい。同じ年に天に召されたというのは、何かの因縁か?

名門高校人脈

文字通り、各都道府県に所在している国公私立高校出身者の記録をまとめた本である。

本文を読むと「へえ、あの有名人はこの学校を出ているのか」とびっくりするところもあるがそれだけのことであり、その著名人が在学中、どんな生徒であったのかを触れている記事はさほど多くない。校風についても、地元の人が見たら「そんなこと、誰でも知っているわ」という程度でしかない。

著者によれば、この本を書こうとするきっかけになったのは「どの大学を出たか、よりも、どの高校を出たか、を知るほうが、その人の「人となり」がわかるような気がしたからだという。何よりも、あれだけの参考文献を参照しながら、著者が書いた文章はこの程度だったのか?あとがきに「名門には、優秀な人材が集まる」とあるのなら、なぜ「優秀な人材が集まる」のか、それを解明するのもライターの仕事ではないだろうか?

ただし、この学校に収録されている「名門高校」の中には、進学面において他校から大きく引き離され、すっかり落ちぶれている学校も多々存在することを付け加えておく。そう、この本で収録されている「名門高校」とは進学面で実績を上げている(あげていた)学校「限定」である。職業教育で実績を上げている「名門高校」も多々存在するのだから、そちらも取り上げなければ不公平というものだろう。====

館林発フェアトレード―地域から発信する国際協力

東洋大学国際地域学部の子島(ねじま)ゼミが、群馬県にある東洋大学板倉キャンパスを拠点にして展開したフェアトレード活動の記録をまとめたものである。原稿作成には子島教授(本書執筆当時は「准教授」)を中心に、原稿作成には2009年に同ゼミ所属の学生7名も参加している。余談になるが、当時の所属学生の一人(女性)は、私のリアル知人である。

「フェアトレード」とは「公正(FAIR)な貿易(TRADE)」を目指すNGO活動のひとつであり、日本のNGOではシャプラニールなど国際支援系NGOの多くが、これらの活動に関わっている。「発展途上国」の、とある地域の「特産物」を「妥当」な(つまり、その地域の住民の生活が成り立つ)値段で買い上げ、先進国の市民に販売するという活動で、日本でもそのためのネットワークがいくつか存在し(代表的なネットワークはこちら)、毎年春には定期総会・学会が開催されている。この本には、日本国内で「フェアトレード」の精神を根付かせようと奮闘する、学生の活動の記録記載されている。

日本で「フェアトレード」が普及しないのはいくつかの要因が挙げられるが、最大の問題なのは、大学で学んだことが、一般社会に還元されないことであろう。実際に私の知人も、留学経験があるなど高度な語学力を持つにもかかわらず、卒業後は、学んだことを全く生かせない仕事をしている。大学生の就職難が叫ばれて久しいが、学んだことが生かせる職場が増えない限り、大学生の就職問題は解決しないだろう。私の知人は「この大学は、優秀な人材をムダにしている」と嘆いていたが、私もその意見に同意する。

DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 03月号

今月号の目玉特集は「3年目の福島」。あの大震災から3年たった福島が、今どうなっているかを報道している。「ゼロ地点」は建物の崩落危機が一段と募り、いつ何が起きてもおかしくない状態であり、食べ物についても、気にする人とそうでない人の格差が広がっている。母親たちは地域内のホットスポット探索活動を続け、安全な食材調達に奔走する。その過程で家庭が、親族が、そして地域が分断され、支援者たちは心を病む。事実と正義を唱えるものが、多数派から疎外され、孤立する不条理。だが安倍政権は、これだけの危機的な状況にも、原発推進の姿勢を改めず、あろう事か、日本の不完全な原発技術を海外に輸出しようと目論む。後半の特集は、シリア内戦と南シナ海を巡る領有権争い。どちらにも共通しているのは、理研と資源に目がくらんだ人間に泣かされる無辜の民がいること。

ルポ 貧困大国アメリカ

こちらについては、既に別記事で掲載したので、あえてこちらでは触れない。この本の続きとして、作者はいくつかの本を出版しており、それらはすべてベストセラーになっている。本書が出版されてからかれこれ6年近くたち、政権交代もあったが、アメリカの現状がよくなったように見えないのは、為政者の考えていることは同じからだと思わざるを得ない。

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今年も年が明けてから1ヶ月が経過した。

近況報告をさせてもらうと、今月早々、愛機(PC)を、3年使ったMacBookWhite(以下MBW)から、ついに念願のMacBookPro(以下MBP)を購入した。動体保存用のWindowsXPマシンが、今年3月のXPサポート切れで利用不可能になること、今年4月に予定されている消費税増税をにらみ、今のうちに買っておこうと思ったからであるが、その読みは正しかった(と信じたい)。もちろん、私みたいな「ワーキングプア階層」が買うのだから、157,000円をポンと出せるわけがなく、当然24回ローンである。払えるのか>自分←自分で自分に突っ込んでどうするw

それにしても、さすMBPである。起動も終了もあっという間、画面もきれい。MBWも購入当初は、それまで使っていたWindowsマシンとは比べものにならないほど快適さを感じていたのだが、OSや使用ソフトがバージョンアップするに従いだんだんと重く、かつ起動・終了に時間がかかるようになってしまった。クリーニングを定期的にしているにもかかわらず、ソフトの起動に1分以上かかるということもあった。おまえは人間か!と一人愛機に突っ込むこともしばしばだったが、それでも「Windowsマシンよりはまし」と我慢していた。自分は今度の愛機を最低5年使うつもりで、8Gメモリ搭載のモデルを購入したのだが、PCの性能はメモリよりもCPUに左右されるのだということを、改めて実感している。

前置きが長くなったが、先月読んだ(or登録した)本の紹介。

2014年1月の読書メーター

小児科を救え!小児科を救え!

読了日:1月3日 著者:千葉智子,堀切和雅
若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

読了日:1月5日 著者:赤木智弘
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 01月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 01月号 [雑誌]

読了日:1月8日 著者:
革命機ヴァルヴレイヴ (電撃文庫)革命機ヴァルヴレイヴ (電撃文庫)

読了日:1月13日 著者:乙野四方字
革命機ヴァルヴレイヴ (2) (電撃文庫)革命機ヴァルヴレイヴ (2) (電撃文庫)

読了日:1月20日 著者:乙野四方字
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 増刊 検証原発事故報道~あの時伝えられたこと~ 2012年 04月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 増刊 検証原発事故報道~あの時伝えられたこと~ 2012年 04月号 [雑誌]

読了日:1月27日 著者:
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 02月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 02月号 [雑誌]

読了日:1月29日 著者:

読書メーター

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河北新報のいちばん長い日

東北を代表するブロック紙・宮城県の河北新報が「3.11」以来、東日本大震災をどんなスタンスで報道したか、社内ではどんなことがあったのかを記録し、同時に「メディアと何か?」「地方紙のあり方とはなんぞや?」ということを真摯に問う一冊である。

普通だったら、自社に都合の悪いところは徹底的に隠し

「震災時、我々はこれだけいいことをして来ました」

と自画自賛するところを、この会社は自社の混乱ぶりと取材・新聞制作・備品調達のために苦闘し、想像を絶する光景を目の当たりにしながら、それでも何をどこまで伝えればいいのか煩悶する記者たちの苦悩と葛藤を、あますところなく明かしている。

1面のトップをどうするか頭を抱えていたデスクにとって、今回の大震災は普通だったら「奇貨」と捉えるだろう。震災や戦争など、メディアにとっては「他人の不幸は美味しいネタ」だからである(と見られてもしょうがないような報道が目につくのは気のせいか?)。しかし、それが自分の住んでいる場所で起こったら…?====

デスクは’78年に発生した宮城沖地震を経験していたとはいえ、その時よりも体感震度が大きかったことに恐れを感じたという。そして、揺れが収まった直後のフロアの様子を見て絶句する。サーバーは倒れ、本社付近のインフラは寸断されるという、新聞社にとっては絶体絶命の事態に陥る。サーバーが復旧するまでは新潟日報社が紙面制作面で協力し、必要最低限の食糧や物資も、加盟している地方新聞社のネットワークが支援してくれた。

とはいえ、本社周辺のインフラが破壊されたために社内食堂が使えず、社内で急遽「おにぎり班」が結成されたが、作られるおにぎりは日を追うに連れて小さくならざるを得ず、それが原因で社内は一触触発の状況に追い込まれる。まさに「食い物の怨みは恐ろしい」を地で行く展開になりかけたが、社上層部の説得で、最悪の事態は避けられた。

取材したくても、今度は足がない。なにしろ、配達用のガソリンを調達するだけでも四苦八苦。取材したい→ガソリンが無い→何とかかき集めて調達→取材→新聞を発行しても、今度は配達用のトラックに使うガソリンが無いありさま。新聞に欠かせない紙も、製紙工場の施設が損害を受けた影響で、震災発生以降しばらくは減ページでの発行を余儀なくされた。取材班が使う衛星携帯電話がシステム部の部員に勝手に持ちだされ、外部てつくったデーターは下版(作成した記事のデーターを印刷機に入力する工程)直前、ロゴの字体の間違いが発見される。紙の手配がついたと思ったら、今度は紙面を埋める記事がなく、レイアウト(記事を紙面に配置すること)を担当する整理部記者は、作成された記事をどうする配置したらいいのか四苦八苦する。通信状態も悪いため、記事は現場で手書きで作成し、帰社してからパソコンで改めて記事を作成する。

それでも彼らが新聞を届けようと思ったのは、大震災で停電してテレビもラジオも使えない状態の中、避難所に逃れた人たちにとって、情報を得る手段は新聞だけだったからである。なんとかして被災地で恐れおののいている人たちに情報を届けたい、その思いで関係者は新聞を発行し、配達し続けた。

そして、現場に出た記者たちは、現場の未曾有の惨状に言葉を失った。ある記者は、子供の遺体を抱いた男性に罵られた。協定を結んでいるブロック紙のヘリに乗った写真部記者は、たまたま通りかかった建物の屋上に「SOS」のサインを見ながら、

「ごめん、今はこれしかできないんだ……」

とつぶやき、おそらく心のなかで号泣しながらカメラのシャッターを切った。

そして「3.11」を語り伝える上で、どうしても避けて通れないのが原発報道である。福島第一原発が爆発したのは、震災の翌日である3月12日15時36分。「津波報道を優先すべきか、それとも原発報道を優先すべきか?」で社内は揺れた。爆発と同時に本社から福島総局に退避命令のメールが発信されたが、上司の命令にしたがって、自身の安全のために避難するのか、それとも「記者魂」を発揮して支局に残るべきなのか、記者たちはその葛藤にその都度苛まされた。新潟出身の記者は、さんざん逡巡したあげく福島に戻る決断を下す。大学時代に原子力工学を専攻した福島総局長も、悩み苦しんだ末に、現地で被災者に寄り添うことにした。

だが、記者全員が使命と身の安全の間で、気持ちの整理をつけられたわけではない。この時期、一人の若い女性記者が日記をつけていた。彼女自身、一度は避難を決断するが、やはり地元に寄り添いたいと、結局福島に戻ってくる。その当時の日記を読むと、揺れ動く心理状態が生々しい筆致で描かれている。現地に残ったのだから、おそらくかなり被曝している可能性はある。結婚願望も、母になりたいという願望もあったに違いない。迫りつつある恐怖と闘いつつ、それでも現地の役に立ちたいと願った彼女の「ジャーナリスト魂」には敬意を表したい。だが業務命令とはいえ、一瞬でも地元を離れたことは、女性記者にとっては負い目となって後々までのしかかる。彼女は自分の日記にこう記している。

「今回福島を離れた私の姿は、自分がこれまで追い求めた理想の記者像とあまりにかけ離れ、その落差に言いようのない絶望感を覚えました。自分の中の弱さ、報道の使命、会社の立場……それらいろいろな因子の折り合いをつけて前に進むのが記者なのかもしれません。

でも、一度福島を去った私にはそう割り切ることができなかった。震災後どう生きていけばいいのか、記者の立場を離れた一人の人間として考えようと思いました」(第6章「福島原発のトラウマ p192より)

こう書いた彼女は、震災後から5ヶ月後ペンを置いた。彼女が現在どんな生活を送っているのか、この本では触れられていない。ただ言えることは、今回の大震災は、この若い女性に消えることのない、精神的な傷を与えたということだ。

今回の大震災以降、被災者や反原発派を中心に

「メディアは本当のことを言わない」

「大本営発表ばかりで、『専門家』の権威に頼った取材を繰り返し、自分で足を運ばない」

「東京電力を中心とする『原子力ムラ』への追及が甘い」

という非難の声が止むことはない。残念ながらこの本を読んでも、河北新報が「原子力ムラ」の責任を厳しく追求してきた、という姿勢を認めることはできない。いや、紙面では追求してきたのかもしれないが、それは本書のテーマとはそぐわないからと、あえて掲載しなかったのかもしれない。この本の出版元が「右派代表」ともくされる文藝春秋だからなおさらだろう。

だが、この新聞社が被災地に絶えず寄り添う姿勢を見せてきたのは事実である。

第8章では、記者の声を集中して取り上げているが、どの意見も生々しいものばかりである。「新聞社が必要とされていると感じた」と述べる記者もいる一方、心身とも疲労困憊し、不眠を訴える声も相次いだ。必要備品が不足し、通信が繋がらないため、取材活動に不備をきたしたという発言も記載されている。放射線という「見えない敵」のために、取材活動がしにくかったという発言もあった。

第9章では、読者からの体験談が掲載されているが、それらの記事を見る限り、一歩間違えれば生命はなかっただろうというケースばかりであり、いかに被災地が厳しい状況に置かれているかがわかる。だが問題は、これらの問題を取り上げているのが地方メディアであり、本拠地を東京に置く大メディアはほとんど触れていないということだ。これは情報格差というより、何か意図的なものがあるのではと勘ぐらざるをえない。

「3.11」以降、東北に拠点を置く新聞社が何を考え、取材し、社内で何が起きたのか?

上記については、この本はそれなりに知的好奇心を満たしてくれる。

だが東日本大震災で追求されるべきことは、政府の復興政策の甘さと縦割り行政の弊害、そして原発事故の責任なのだが、この本ではそれらのことは殆ど触れられていないのは残念だ。

河北新報の立場からすれば

「我々は『地方ブロック紙』である以上、政府や行政の責任よりも、むしろ住民が欲する情報に注力すべきだ」

という立場はわからないでもない。だが「ジャーナリズム」である以上、行政や企業の責任を問うことは、避けて通れないのではないか?

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