この本が出てから7年経つが、生活保護者の状況は当時より悪くなっているのはなぜなのだろう?

著者 :
明石書店
発売日 : 2008-09-30

2008年3月29日、東京都内のとある公立中学校で「貧困撲滅」を訴えるシンポジウムが開催された。このシンポジウムに参加したのは、ワーキングプアやサラ金で苦しむ人たちの救援団体、労組、婦人団体など総勢90を超える団体と、1,600人を超える参加者たち。この本は、そのシンポジウムの様子を収録した本である。

「貧困」と聞いて、まず頭に思い浮かぶのは「生活保護」制度だが、この本を読むと、生活保護受給者に冷ややかな目線を向けているのは日本だけで、海外では「苦しくなったら、生活保護に頼るのは当たり前」という意識が常識になっていることがわかる。日本における「生活保護」のあり方は、海外メディア関係者には異様に感じられるということが、冒頭に掲載されている、海外メディア特派員の討論会で明らかになる。

「生活保護」制度は、困窮者にとって最後の頼みの綱なのだが、生活保護受給者を諦めさせようとする「水際作戦」が、こともあろうに実際は役所・福祉事務所により実施され、それを阻止しようとする団体NGO側が行使するケースが多発している。実際に需給にこぎつけても、役所からあれこれ言われるケースも多い。年末年始の「年越し派遣村」運動のおかげで、派遣切りをされた人たちに対し、以前よりは生活保護需給がしやすくなったという報道もされているが、ほとぼりが冷めればまた「水際作戦」が復活するのではないかと、運動関係者は危惧している。

さらにこの本では「貧困問題」が、教育や徴税業務の面にも深刻な影響を及ぼしているということを明らかにする。貧困家庭では、必要最低限の学費を払えず高校進学をあきらめてしまうケースが多いという。福祉児童手当が削減される傾向にあるからだ。民間のボランティアが、貧困家庭の自動の高校進学をかなえようとサポートしているが、それでも彼らの将来は険しい。

徴税業務においても、サラ金の取立てと違わないほどのケースが目立つという実態が明らかになる。深刻化する不況による売上不振で、税を滞納する個人商店が急増しているが、国税徴収法や地方税法では、生活を破壊するような滞納処分や差し押さえを禁止する規定がある。しかしこの規定も先ほど触れた「水際作戦」同様、実際は守られていないケースが多いそうだ。小泉内閣が推進した「三位一体の改革」における地方交付税が削減された結果、税収不足を補うために地方自治体当局が、税金滞納分の分割納付を認めなくなったからである。各種控除が廃止され、生活が立ち行かなくなっているにもかかわらず、である。====また、この本では消費税の正体についても明かされている。消費税は売上金の5%を徴収するのだが、消費税法では、輸出分についてはこの税金は課税対象外とされている。また企業の総仕入は非課税とされているが、大企業の多くは人件費を外注分として計上しているため、その分には消費税が課税対象とならないというのである。財界が「消費税値上げ」を叫ぶのは、こういう理由があるからだということが、このシンポジウムで明らかになるのだが、この点を指摘するメディアは皆無である。

最後に、労働組合関係者による討論会の様子が収録されている。連合全労連傘下のフリーター労組、独立系のフリーター労組が参加したこのシンポジウムで、この問題はもはやイデオロギーを超えたものになっているということが認識されるのだが、 残念ながら連合本体内部から、このシンポに参加したことに対する批判の声が多数上がったという。連合傘下の有力労組幹部の中には「われわれは『年越し派遣村』みたいなことはやらない」とはっきり言い切る者もいる。しかし連合傘下の電機労連所属の一部労組は、派遣切りにあった労働者のためにカンパを募るところも出てきているなど、組合によって対応に温度差があるのが残念だ。

シンポを企画し、この本を編集した「反貧困ネットワーク」は、分野と政治的スタンスを超えたつながりを作ることを趣旨として活動するが、このシンポに参加した団体は労組・生活保護支援団体を始め、医療支援団体、教育など広範囲に広がっている。

この本を読んで、日本の「貧困問題」がどんな問題を抱え、具体的にどのようにすればよいのかを理解してくれることを切に願う。

ここまでが、前のブログに書いたときの文章である。この書評を書いてからかれこれ7年経つが、生活保護受給者が置かれた状況は、当時に比べて格段に悪くなっているというのが実態である。

生活保護受給者に大打撃を与えたのは、2012年4月に発覚した生活保護受給問題である。これはとある芸人が、扶養能力があるにもかかわらず母親に生活援助をせず、母親は15年間も生活保護を受給していた。ところがこの事態をとある国会議員が国会で取り上げ、マスコミがセンセーショナルにこの問題を取り上げたことで「生活保護受給者バッシング」が起こった。もともと生活保護制度は、財政的に頼れる人がいない人のための最後の手段だったが、このことがきっかけで生活保護法は「改悪」された。具体的には、保護受給対象者は親戚全員で対象者の面倒を見るようにし、それができない場合に限って「受給対象」になる制度になったのである。制度が改悪される前は、受給が決定すると住んでいる自治体担当部署から、当座に必要な食料品などが送付された。またまじめに就労したり、就職活動をしている受給者に対しては、夏季・冬期に「ボーナス」という形で臨時給付があり、これは受給者にとっては大変役に立っていたのだが、開成を期にこの制度が廃止されたばかりか、月々の受給額も減らされ、今年(2015年)になってからは住宅手当も減額された。心ある担当者は、この制度改悪に反発しているが、この声が為政者には届かない。「生活保護受給者バッシング」では大々的に報道したメディアも、この問題に関してはほとんど触れることはない。

当時の報道では「雇い止め」という言葉がしきりに使われたが、なぜメディアは「勤務先を解雇された」と書かないのか、不思議でならなかった。今から考えるに、派遣労働者を雇用していた会社の多くは、メディアの大スポンサーだから、彼らも大企業のことを悪く書けないのだろう。というより、記者と大企業関係者には大学の同級生というケースが多いのだ。だから企業に入った人間はメディアにちょっとした圧力をかけられるだろうし、メディアに入社した人間も「自己規制」するようになる…とウダウダ書いているが、ようは企業もメディアも、自分より立場の弱い人間のことを考えていないのだろう、と思ってみたりしている。

先述の通り生活保護受給者バッシングが吹き荒れたが、実際の不正受給者は数%に過ぎない。一部の不正利用者のために、多くの真っ当な利用者が白眼視されるのはたまらない。バッシングといいボーナス廃止といい、多くのまじめな受給者を虐げるのはいかがなものか?「貯金しろ」と福祉事務所はいうが、正社員ですら貯金できないほどの安月給で、過労死寸前までこき使われている現状を、誰も厳しく指摘しないことの方が異常なのだが。

ああ、つくづく貧乏が憎い。

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ルポ 貧困大国アメリカ

おそらく、この本は今年(2008年)上半期(1~6月)のノンフィクション界におけるベストセラーに違いない。個人的に、そう確信させるだけのデーターと説得力を持った本である。

2001年に発足したブッシュ政権は

「市場のことは市場に聞け。市場に聞けばなんでも解決できる」

という、経済学者ミルトン・フリードマンが提唱する「新自由主義経済政策」に基づき、教育・医療などありとあらゆる分野において競争原理を導入した。彼等の頭の中には「市場経済を活性化させれば、優秀なサービスが生き残る」という考えがあったに相違ない。だがそれらの政策は「勝ち組」はますます栄え、「負け組」は食うや食わずの状況という、有史始まって以来の格差を生み出してしまった。

激烈な「優勝劣敗」の論理が行き着くところまで行き着いた状態、それが今のアメリカである。

まず教育。

義務教育への補助金を削った結果、公立学校の給食はハンバーガーに代表されるファーストフードが中心になって野菜がほとんど提供されなくなった結果、肥満に苦しむ児童が増加した。それらの多くは貧困に苦しむ家庭の子で、彼らの親はわが子に栄養十分な食事を提供できない。頼みの綱の学校給食も、予算削減のあおりを受けて上記のような食事しか供給できず、結果として肥満の再生産を生み出している。しかも、学校給食をビジネスチャンスとみなし、市場参入を虎視眈々と狙っているファーストフーチェーンもあるというから穏やかではない。

全米各地で実施されている「肥満キャンペーン」は、もうお笑いでしかない。肥満を解消するには、児童の生活環境を改善しなくてはいけないのにそれには手をつけず、体操しましょう、ミルクを飲みましょうという見当違いのキャンペーンを喧伝している。肥満対策に奔走する看護婦は

「炭酸飲料が大好きで、体育館の近所には子供たちの大好きなスナック菓子が並んで待っている児童が、体操したりミルクを飲んだりするわけがない」

と冷ややかに言い放った。====

「貧乏」という境遇から脱出するためには、高い学歴が必要だ。だが「なんでもカネ」のアメリカにおいては、大学への学資が高い壁になって立ちふさがる。軍隊は貧困層をターゲットにして「軍隊で一定期間軍務に服すれば、大学への入学金や奨学金を用意してやる」とささやく。貧乏人はその言葉を信じて軍隊に入隊するが、彼らを待っているのは「絶望」の2文字。訓練で猛烈にしごかれ、指導教官からこれでもかといわんばかりに悪口罵詈雑言を浴びせられ、新兵は精神を病んでいく。映画「フルメタルジャケット」や「愛と青春の旅立ち」をご覧になった方なら、新兵教育がどんなものなのかお分かりだろう。

運よく軍務を終えても、大学にいけるとは限らない。郡から奨学金を得るには一定の金額を軍に払わなければならず、その金額は新兵の給料では払えない。かくして貧困層は、永遠に貧困層から脱出できない。

上官のしごきに耐え、軍資金をもらい、大学に入ったとしても、今度は「就職」という壁にぶつかる。卒業しても、働き先が見つからないのは、今の日本とよく似ている。頼みの「奨学金」ですら、アメリカでは「ローン形式」になっているから、就職先がないということは、即ホームレスを意味する。ローン返済のために、短期の仕事やアルバイト、派遣で糊口をしのぐことになるが、派遣登録会社では「古い順から3つまでの職歴は消せ」と指導される。そうでないと、仕事にありつくことも困難だからだ。

社会を支えるためにあるはずの医療と保険も、アメリカ中に吹き荒れる「新自由主義」に影響されてとんでもないことになっている。前者では過剰ともいえるノルマ主義のせいで、心身とも疲れ果てた医療従事者の退職が相次ぎ、後任者の補充もままならない。後者にいたっては、何か事が起こっても保険金は規定どおりに支給されず、クレームの電話は次々にたらいまわしされ、被保険者があきらめるのを待つのが当たり前。日本でも年金改革や医療保険の改革が叫ばれているが、アメリカの医療関係者は

「日本の国民皆保険制度は世界でも最高のシステムなのに、なぜアメリカの制度を導入したがるのか?」

と不思議がっているそうだ。

今世界中を恐怖のどん底に落としている「サプライムローン」。これは貧困層を狙うビジネスの中でも、最低最悪なものだ。満足に英語の読み書きもできない移民層に、言葉巧みに「あなたもわずかな支払いでマイホームを持てます」と契約を持ちかける。嬉々として契約書にサインする彼らを待ち受けているのは、馬鹿高いローンの支払い。最初の数年間こそ利率は低いが、その期間を過ぎたら利率は貧困層の支払い限度を超えてしまう。識字率の低い人たちにこんなローンを売りつけたらどうなるのか、結果はわかっていたはずだ。ローン業者は目先の儲けほしさで、悪魔に魂を売った。

金がないやつは国家の役に立たない、国家の役に立たない貧乏人は死んでしまえ、そんな風潮にあふれているのが今のアメリカである。実際、ニューオーリンズの大水害の犠牲者のほとんどは、移動手段もろくにない貧困層だった。「国民の安全を守る」という国家の最低限の仕事の範疇にも「市場原理」を導入したのが原因である。

劣悪な環境を改善するのが政治・政府の仕事なのに、強者は「自己責任」の一言で彼ら貧困層の劣悪な環境を省みず、「アメリカン・ドリーム」といわれる成功者の多くもまた、貧困層の救済に立ち上がることはない。市民たちは貧困者救済に立ち上がっているが、議会が彼らの声にこたえることはない。今のアメリカ連邦議会議員の多くは、大企業から献金を受け、大企業の代弁者に成り下がっているからだと指摘する人もいる。

この本を見て「これはアメリカの一部分だけでおきていることだ」というのは簡単だ。だがこれらの現象を「一部」と割り切っていいのだろうか?人は、生まれてくる環境は選べない。生まれながらに、劣悪な環境で生きざるを得ない人たちはこの世に多く存在する。

「アメリカの現在は日本の10年後」といわれて久しいが、今の日本に格差問題を食い止めるだけのエネルギーを持っている集団がいるのかと、私はやや懐疑的な目で見ている。しかし、だからといって「座して死を待つ」というのは最低である。

ほんのわずかでもいい。自分より弱い立場の人間を思いやる気持ちを持つこと。

今の日本人に求められているのは、まさにそれではないだろうか。

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今年も年が明けてから1ヶ月が経過した。

近況報告をさせてもらうと、今月早々、愛機(PC)を、3年使ったMacBookWhite(以下MBW)から、ついに念願のMacBookPro(以下MBP)を購入した。動体保存用のWindowsXPマシンが、今年3月のXPサポート切れで利用不可能になること、今年4月に予定されている消費税増税をにらみ、今のうちに買っておこうと思ったからであるが、その読みは正しかった(と信じたい)。もちろん、私みたいな「ワーキングプア階層」が買うのだから、157,000円をポンと出せるわけがなく、当然24回ローンである。払えるのか>自分←自分で自分に突っ込んでどうするw

それにしても、さすMBPである。起動も終了もあっという間、画面もきれい。MBWも購入当初は、それまで使っていたWindowsマシンとは比べものにならないほど快適さを感じていたのだが、OSや使用ソフトがバージョンアップするに従いだんだんと重く、かつ起動・終了に時間がかかるようになってしまった。クリーニングを定期的にしているにもかかわらず、ソフトの起動に1分以上かかるということもあった。おまえは人間か!と一人愛機に突っ込むこともしばしばだったが、それでも「Windowsマシンよりはまし」と我慢していた。自分は今度の愛機を最低5年使うつもりで、8Gメモリ搭載のモデルを購入したのだが、PCの性能はメモリよりもCPUに左右されるのだということを、改めて実感している。

前置きが長くなったが、先月読んだ(or登録した)本の紹介。

2014年1月の読書メーター

小児科を救え!小児科を救え!

読了日:1月3日 著者:千葉智子,堀切和雅
若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

読了日:1月5日 著者:赤木智弘
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 01月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 01月号 [雑誌]

読了日:1月8日 著者:
革命機ヴァルヴレイヴ (電撃文庫)革命機ヴァルヴレイヴ (電撃文庫)

読了日:1月13日 著者:乙野四方字
革命機ヴァルヴレイヴ (2) (電撃文庫)革命機ヴァルヴレイヴ (2) (電撃文庫)

読了日:1月20日 著者:乙野四方字
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 増刊 検証原発事故報道~あの時伝えられたこと~ 2012年 04月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 増刊 検証原発事故報道~あの時伝えられたこと~ 2012年 04月号 [雑誌]

読了日:1月27日 著者:
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 02月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 02月号 [雑誌]

読了日:1月29日 著者:

読書メーター

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太田出版
発売日:2007-03-13

 

雨宮処凛は、「右翼」の人間として世に出た人である。

初期の頃の著作に「ミニスカ右翼」という枕詞がつくのは、そのためである。

ところがイラク戦争(2003年)をきっかけにして、彼女の思想は「右」から「左」へと転換する。

近年は「ワーキングプア問題」に積極的に関わり、現在は「反貧困ネットワーク」副代表を務めている。

「ミニスカ右翼」がなぜ「反貧困」を叫ぶようになったのか?

その原点が、この本にぎっしりと詰まっている。

なぜなら、彼女自身が「階層の固定化」の波に巻き込まれかねなかったから。

今でこそ「作家」として名前が知られている彼女だが、高校時代は美大への進学を希望していた。

ところが当時住んでいた田舎では、美大志望の高校生がどんな勉強をしているのか全くわからない。美大予備校に通うために上京するが、東京の美大予備校は地方のそれよりも遙かにレベルが高く、美大進学をあきらめ「フリーター」への道をたどることになる。

その後はアルバイトを転々とするが、いちばんつらかったのは「フリーター」というだけで社会的信用がないということを実感したことだった。お金が足りないと、真っ先に疑惑の目を向けられるのは「フリーター」である。求職のために電話をすると、先方から「フリーターお断り」と一方的に断られたこともあった(私にも全く同じ経験をしている)。「風邪を引いたから休む」といったら、雇い主から「明日からこなくていい」と解雇され、別のバイト先からは「経営が苦しいから」辞めてくれといわれたこともある。当時の境遇を、自分の努力不足だとあきらめていた作者だが、今は自信を持っていえる。「これらの行為は、労働基準法違反だ」と。====

「夜の社会」にどっぷりとつかり、将来性が全く見えなかったある日、たまたま「作家デビュー」の機会を得てフリーターから脱出することができた作者だが、彼女はそのことを

「ただの偶然に過ぎず、奇跡が起きなかったら、私は未だにフリーターのままだったろう」

と述懐していることから、彼女にとって「フリーター」の時代は、思い出すのも嫌な時代なのだということをうかがい知ることができる。

しかし、彼女が「フリーター」という選択をした’90年代後半は、「フリーターは新しい働き方のモデルを示すものである」という評価をされていた。メディアはこぞって「『フリーター』という生き方は代わり映えしない『サラリーマン』的生き方を否定するものだ」とはやしたてた。求人誌には、フリーターの気持ちを代弁しているキャッチコピーが踊っていた。しかし、うわべだけの「自由」の代償として、年とともに賃金格差が拡大すること、生活が安定しないことを指摘するマスコミは、当時皆無に近かった。またフリーターでも労働基準法によって権利が守られていること、年金に加入できることを指摘するメディア・識者もほとんどいなかったと記憶している。「派遣切り」「雇用劣化」の芽はこの時代にまかれていたのだが、これらのことを指摘せず、今になって「派遣切り」「雇用崩壊」と騒ぎ立てるメディア・識者には本当に腹が立つ。

では、「正社員」になれれば「安定した生活」を手に入れることができるのか?

答えは「否」である。

作者の弟は、大学を出てフリーターを経た後、地元のY電機(本書ではイニシャルだけしか明記されていないが、内容を見る限り「ヤマダ電機」のことだと推察される。本文中でイニシャル表記になったのは、ヤマダ電機の圧力を恐れたからだとしか思えない)に契約社員として就職し、1年後には念願の「正社員」に昇格するが、社員になったらなったで、毎日のように早朝出勤・深夜残業。それが連日のように続き、顔には死相まで表れた。家族の説得で会社を辞める事になったが、彼は最終出勤日は午前4時まで働かされた。「もっと早く帰れないのか?」と疑問に思う人も多いだろうが、店長も毎日深夜まで働いているため、部下はそれより早く帰宅できないのだ。彼の月収は手取りで32万、1時間あたりに換算して、時給700円という事実に、作者は憤りを覚える。

法令無視の労働環境で社員をこき使い、労働基準監督局の査察が入らないよう、出退勤のシステムに巧妙な仕掛けをする。社員の家族が労基局に訴えても、労基局職員はなんだかんだと理由をつけて動かない。社員をぼろぼろにこき使って使い捨てる一方で、会社の株価は最高値をつけ、自分の子供が交通事故死した時には「将来の社長候補」という理由で、相手に高額の損害賠償を請求する。「普通に就職して、普通に働きたい」と希望する若者に対する、経営者の仕打ちがこれかよ!と思わせる事例の数々には、本当にあきれる。労働者を「人」ではなく「モノ」としか見ていないからだ。

新刊紹介雑誌「ダ・ヴィンチ」での書評欄で、「ネットカフェ難民」を扱うドキュメンタリーは、現代のホラーだと書かれた一文を見た。「ホラー」も、映像の中にとどまっているうちはまだいい。嫌だと思ったら、見なければいいだけの話だ。だが現実世界に「ホラー」の概念が生まれたら?いや、今の労働環境は「ホラー」よりもひどい。働かず、家に引きこもる人間に世間は「落伍者」「怠け者」のレッテルを貼り、「自己責任」という概念でバッシングを正当化する。それが「命」を守る目的であっても。

作者自ら「労働」で塗炭の苦しみを味わっているだけあって、この本に取り上げられている事例には説得力がある。虐げられる者は立ち上がって抵抗せよ、と主張する。一読して、表現がとげとげしいという人間がいるかも知れないが、逆に彼等をそのような状況に追い込んだのは誰なのか、徹底的に追求する姿勢を見習いたいと思う。

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