2014年2月の読書リスト

貧乏なのに

ただでさえ本を置く場所がなくて、家族から文句をいわれているのに

本屋の世界が大好きだから困ってしまう。

お目当ての本があって書店に立ち寄っても、次から次へと

洪水のように出版される新刊書に目がくらみ

結果として別の本を買ってしまうというのは毎度のこと。

この読書メーターに登録された「読みたい!」という本はいつの間にかに2,000冊を突破した。

実際にはこれだけの本を読めるわけがないし、読めたところで理解できるかどうかも怪しい。

それ以前に、置くスペースの問題があるんだけどね。

天野祐吉のCM天気図 傑作選―経済大国から「別品」の国へ天野祐吉のCM天気図 傑作選―経済大国から「別品」の国へ

読了日:2月4日 著者:天野祐吉
名門高校人脈 (光文社新書)名門高校人脈 (光文社新書)

読了日:2月19日 著者:鈴木隆祐
館林発フェアトレード―地域から発信する国際協力館林発フェアトレード―地域から発信する国際協力

読了日:2月24日 著者:東洋大学国際地域学部子島ゼミ
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 03月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 03月号 [雑誌]

読了日:2月28日 著者:
ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

読了日:2月28日 著者:堤未果

読書メーター

.天野祐吉のCM天気図 傑作選―経済大国から「別品」の国へ

昨年10月に惜しまれつつ亡くなった、元「広告時評」代表・天野祐吉氏が、朝日新聞に約30年間連載した同名の名物コラムの傑作選である。全部読んでみて、このコラムに掲載されたコラムを全部読んでみたいなと思った。一部の抜粋だけを纏めるなんてもったいない。

すべてのコラムに共通しているのは、弱者へ向けるまなざしの優しさ。そして権力への辛辣な視線。

興味深いのは、2008年以降のコラムの字数が、開始時に比べてかなり減っていることが目立つこと。

その理由はいったい何だったのだろう?

余談だが「広告時評」で長年にわたってコンビを組んだ島森路子が闘病生活に入ったからだそうだ。このコンビがこの世で見られないというのが悲しい。同じ年に天に召されたというのは、何かの因縁か?

名門高校人脈

文字通り、各都道府県に所在している国公私立高校出身者の記録をまとめた本である。

本文を読むと「へえ、あの有名人はこの学校を出ているのか」とびっくりするところもあるがそれだけのことであり、その著名人が在学中、どんな生徒であったのかを触れている記事はさほど多くない。校風についても、地元の人が見たら「そんなこと、誰でも知っているわ」という程度でしかない。

著者によれば、この本を書こうとするきっかけになったのは「どの大学を出たか、よりも、どの高校を出たか、を知るほうが、その人の「人となり」がわかるような気がしたからだという。何よりも、あれだけの参考文献を参照しながら、著者が書いた文章はこの程度だったのか?あとがきに「名門には、優秀な人材が集まる」とあるのなら、なぜ「優秀な人材が集まる」のか、それを解明するのもライターの仕事ではないだろうか?

ただし、この学校に収録されている「名門高校」の中には、進学面において他校から大きく引き離され、すっかり落ちぶれている学校も多々存在することを付け加えておく。そう、この本で収録されている「名門高校」とは進学面で実績を上げている(あげていた)学校「限定」である。職業教育で実績を上げている「名門高校」も多々存在するのだから、そちらも取り上げなければ不公平というものだろう。====

館林発フェアトレード―地域から発信する国際協力

東洋大学国際地域学部の子島(ねじま)ゼミが、群馬県にある東洋大学板倉キャンパスを拠点にして展開したフェアトレード活動の記録をまとめたものである。原稿作成には子島教授(本書執筆当時は「准教授」)を中心に、原稿作成には2009年に同ゼミ所属の学生7名も参加している。余談になるが、当時の所属学生の一人(女性)は、私のリアル知人である。

「フェアトレード」とは「公正(FAIR)な貿易(TRADE)」を目指すNGO活動のひとつであり、日本のNGOではシャプラニールなど国際支援系NGOの多くが、これらの活動に関わっている。「発展途上国」の、とある地域の「特産物」を「妥当」な(つまり、その地域の住民の生活が成り立つ)値段で買い上げ、先進国の市民に販売するという活動で、日本でもそのためのネットワークがいくつか存在し(代表的なネットワークはこちら)、毎年春には定期総会・学会が開催されている。この本には、日本国内で「フェアトレード」の精神を根付かせようと奮闘する、学生の活動の記録記載されている。

日本で「フェアトレード」が普及しないのはいくつかの要因が挙げられるが、最大の問題なのは、大学で学んだことが、一般社会に還元されないことであろう。実際に私の知人も、留学経験があるなど高度な語学力を持つにもかかわらず、卒業後は、学んだことを全く生かせない仕事をしている。大学生の就職難が叫ばれて久しいが、学んだことが生かせる職場が増えない限り、大学生の就職問題は解決しないだろう。私の知人は「この大学は、優秀な人材をムダにしている」と嘆いていたが、私もその意見に同意する。

DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 03月号

今月号の目玉特集は「3年目の福島」。あの大震災から3年たった福島が、今どうなっているかを報道している。「ゼロ地点」は建物の崩落危機が一段と募り、いつ何が起きてもおかしくない状態であり、食べ物についても、気にする人とそうでない人の格差が広がっている。母親たちは地域内のホットスポット探索活動を続け、安全な食材調達に奔走する。その過程で家庭が、親族が、そして地域が分断され、支援者たちは心を病む。事実と正義を唱えるものが、多数派から疎外され、孤立する不条理。だが安倍政権は、これだけの危機的な状況にも、原発推進の姿勢を改めず、あろう事か、日本の不完全な原発技術を海外に輸出しようと目論む。後半の特集は、シリア内戦と南シナ海を巡る領有権争い。どちらにも共通しているのは、理研と資源に目がくらんだ人間に泣かされる無辜の民がいること。

ルポ 貧困大国アメリカ

こちらについては、既に別記事で掲載したので、あえてこちらでは触れない。この本の続きとして、作者はいくつかの本を出版しており、それらはすべてベストセラーになっている。本書が出版されてからかれこれ6年近くたち、政権交代もあったが、アメリカの現状がよくなったように見えないのは、為政者の考えていることは同じからだと思わざるを得ない。

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今年も年が明けてから1ヶ月が経過した。

近況報告をさせてもらうと、今月早々、愛機(PC)を、3年使ったMacBookWhite(以下MBW)から、ついに念願のMacBookPro(以下MBP)を購入した。動体保存用のWindowsXPマシンが、今年3月のXPサポート切れで利用不可能になること、今年4月に予定されている消費税増税をにらみ、今のうちに買っておこうと思ったからであるが、その読みは正しかった(と信じたい)。もちろん、私みたいな「ワーキングプア階層」が買うのだから、157,000円をポンと出せるわけがなく、当然24回ローンである。払えるのか>自分←自分で自分に突っ込んでどうするw

それにしても、さすMBPである。起動も終了もあっという間、画面もきれい。MBWも購入当初は、それまで使っていたWindowsマシンとは比べものにならないほど快適さを感じていたのだが、OSや使用ソフトがバージョンアップするに従いだんだんと重く、かつ起動・終了に時間がかかるようになってしまった。クリーニングを定期的にしているにもかかわらず、ソフトの起動に1分以上かかるということもあった。おまえは人間か!と一人愛機に突っ込むこともしばしばだったが、それでも「Windowsマシンよりはまし」と我慢していた。自分は今度の愛機を最低5年使うつもりで、8Gメモリ搭載のモデルを購入したのだが、PCの性能はメモリよりもCPUに左右されるのだということを、改めて実感している。

前置きが長くなったが、先月読んだ(or登録した)本の紹介。

2014年1月の読書メーター

小児科を救え!小児科を救え!

読了日:1月3日 著者:千葉智子,堀切和雅
若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

読了日:1月5日 著者:赤木智弘
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 01月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 01月号 [雑誌]

読了日:1月8日 著者:
革命機ヴァルヴレイヴ (電撃文庫)革命機ヴァルヴレイヴ (電撃文庫)

読了日:1月13日 著者:乙野四方字
革命機ヴァルヴレイヴ (2) (電撃文庫)革命機ヴァルヴレイヴ (2) (電撃文庫)

読了日:1月20日 著者:乙野四方字
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 増刊 検証原発事故報道~あの時伝えられたこと~ 2012年 04月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 増刊 検証原発事故報道~あの時伝えられたこと~ 2012年 04月号 [雑誌]

読了日:1月27日 著者:
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 02月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2014年 02月号 [雑誌]

読了日:1月29日 著者:

読書メーター

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私はこのブログ以外にも2つBlogを書いているのだが、ここ最近、ブログを更新する機会がめっきり減った。

理由は簡単で、単に忙しいからである…といえば聞こえはいいが、要は、怠惰なるままにネットの世界に耽溺していただけの話である。自分では「このままではいけない」と思ってはいるのだが、生来の怠け癖はいかんともし難い。

映画を取り上げるブログは、昔運営していたブログからの記事を転載しているだけだし、社会運動系のBlogに至っては、MLに流れている宣言文を転載しているだけに過ぎない。興味があるシンポにはマメに顔を出し、その様子をネットにまとめてはいるのだが、それが精一杯という感じ。タイピングが遅いうえ、数年来から指の腱鞘炎という持病を抱え、長時間タイピングすると症状が悪化するため(寒季はそれが顕著だ)、それがブログ更新から遠ざかっている原因になっている。

最近の空き時間は「読書メーター」というサイトに入り浸っていることが多い。

このサイトのいいところは「読みたい」本を手軽に登録できるところである。

ところが、この「手軽に」というのがくせ者で、調子に乗ってホイホイ「読みたい本」を登録しているうちに、アカウント登録から現在まで「読みたい本」が2,000冊を突破してしまった。さらに困ったことに、私は外出するたびに書店に足を運び、ちょっと興味のある本を「ジャケ買い」してしまうという困った習性があるから、自宅の部屋には積ん読本がどんどんたまっている。本を読むスピードも、加齢とともにどんどん低下しているのも自覚している。さらに過去に行ってきた美術展カタログ、参加したシンポジウムの冊子も「積ん読」としてたまる一方である。そんなこんなで「読みたい本」「(活動を行ううえで)読まなければならない本」は年毎にたまる一方なのである。やれやれ、困ったものである。

というわけで、先月「読破済み」に登録した書籍について、簡単に感想を書いてみたい。

2013年12月の読書メーター

読んだ本の数:9冊

読んだページ数:1863ページ

ナイス数:6ナイス

COPPELION(19) (ヤンマガKCスペシャル)COPPELION(19) (ヤンマガKCスペシャル)

読了日:12月4日 著者:井上智徳
DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2013年 12月号 [雑誌]DAYS JAPAN (デイズ ジャパン) 2013年 12月号 [雑誌]

読了日:12月4日

COPPELION(20) (ヤンマガKCスペシャル)COPPELION(20) (ヤンマガKCスペシャル)

読了日:12月8日 著者:井上智徳
進撃の巨人(12) (講談社コミックス)進撃の巨人(12) (講談社コミックス)

読了日:12月10日 著者:諫山創
素顔の医者―曲がり角の医療を考える (講談社現代新書)素顔の医者―曲がり角の医療を考える (講談社現代新書)

読了日:12月11日 著者:中川米造
女王たちのセックス女王たちのセックス

読了日:12月17日 著者:エレノア・ハーマン
革命機ヴァルヴレイヴ 流星の乙女 (1) (電撃コミックスNEXT)革命機ヴァルヴレイヴ 流星の乙女 (1) (電撃コミックスNEXT)

読了日:12月23日 著者:大堀ユタカ
ちはやふる(22) (Be・Loveコミックス)ちはやふる(22) (Be・Loveコミックス)

読了日:12月27日 著者:末次由紀
日本の恋の歌 貴公子たちの恋日本の恋の歌 貴公子たちの恋

読了日:12月30日 著者:馬場あき子

読書メーター

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河北新報のいちばん長い日

東北を代表するブロック紙・宮城県の河北新報が「3.11」以来、東日本大震災をどんなスタンスで報道したか、社内ではどんなことがあったのかを記録し、同時に「メディアと何か?」「地方紙のあり方とはなんぞや?」ということを真摯に問う一冊である。

普通だったら、自社に都合の悪いところは徹底的に隠し

「震災時、我々はこれだけいいことをして来ました」

と自画自賛するところを、この会社は自社の混乱ぶりと取材・新聞制作・備品調達のために苦闘し、想像を絶する光景を目の当たりにしながら、それでも何をどこまで伝えればいいのか煩悶する記者たちの苦悩と葛藤を、あますところなく明かしている。

1面のトップをどうするか頭を抱えていたデスクにとって、今回の大震災は普通だったら「奇貨」と捉えるだろう。震災や戦争など、メディアにとっては「他人の不幸は美味しいネタ」だからである(と見られてもしょうがないような報道が目につくのは気のせいか?)。しかし、それが自分の住んでいる場所で起こったら…?====

デスクは’78年に発生した宮城沖地震を経験していたとはいえ、その時よりも体感震度が大きかったことに恐れを感じたという。そして、揺れが収まった直後のフロアの様子を見て絶句する。サーバーは倒れ、本社付近のインフラは寸断されるという、新聞社にとっては絶体絶命の事態に陥る。サーバーが復旧するまでは新潟日報社が紙面制作面で協力し、必要最低限の食糧や物資も、加盟している地方新聞社のネットワークが支援してくれた。

とはいえ、本社周辺のインフラが破壊されたために社内食堂が使えず、社内で急遽「おにぎり班」が結成されたが、作られるおにぎりは日を追うに連れて小さくならざるを得ず、それが原因で社内は一触触発の状況に追い込まれる。まさに「食い物の怨みは恐ろしい」を地で行く展開になりかけたが、社上層部の説得で、最悪の事態は避けられた。

取材したくても、今度は足がない。なにしろ、配達用のガソリンを調達するだけでも四苦八苦。取材したい→ガソリンが無い→何とかかき集めて調達→取材→新聞を発行しても、今度は配達用のトラックに使うガソリンが無いありさま。新聞に欠かせない紙も、製紙工場の施設が損害を受けた影響で、震災発生以降しばらくは減ページでの発行を余儀なくされた。取材班が使う衛星携帯電話がシステム部の部員に勝手に持ちだされ、外部てつくったデーターは下版(作成した記事のデーターを印刷機に入力する工程)直前、ロゴの字体の間違いが発見される。紙の手配がついたと思ったら、今度は紙面を埋める記事がなく、レイアウト(記事を紙面に配置すること)を担当する整理部記者は、作成された記事をどうする配置したらいいのか四苦八苦する。通信状態も悪いため、記事は現場で手書きで作成し、帰社してからパソコンで改めて記事を作成する。

それでも彼らが新聞を届けようと思ったのは、大震災で停電してテレビもラジオも使えない状態の中、避難所に逃れた人たちにとって、情報を得る手段は新聞だけだったからである。なんとかして被災地で恐れおののいている人たちに情報を届けたい、その思いで関係者は新聞を発行し、配達し続けた。

そして、現場に出た記者たちは、現場の未曾有の惨状に言葉を失った。ある記者は、子供の遺体を抱いた男性に罵られた。協定を結んでいるブロック紙のヘリに乗った写真部記者は、たまたま通りかかった建物の屋上に「SOS」のサインを見ながら、

「ごめん、今はこれしかできないんだ……」

とつぶやき、おそらく心のなかで号泣しながらカメラのシャッターを切った。

そして「3.11」を語り伝える上で、どうしても避けて通れないのが原発報道である。福島第一原発が爆発したのは、震災の翌日である3月12日15時36分。「津波報道を優先すべきか、それとも原発報道を優先すべきか?」で社内は揺れた。爆発と同時に本社から福島総局に退避命令のメールが発信されたが、上司の命令にしたがって、自身の安全のために避難するのか、それとも「記者魂」を発揮して支局に残るべきなのか、記者たちはその葛藤にその都度苛まされた。新潟出身の記者は、さんざん逡巡したあげく福島に戻る決断を下す。大学時代に原子力工学を専攻した福島総局長も、悩み苦しんだ末に、現地で被災者に寄り添うことにした。

だが、記者全員が使命と身の安全の間で、気持ちの整理をつけられたわけではない。この時期、一人の若い女性記者が日記をつけていた。彼女自身、一度は避難を決断するが、やはり地元に寄り添いたいと、結局福島に戻ってくる。その当時の日記を読むと、揺れ動く心理状態が生々しい筆致で描かれている。現地に残ったのだから、おそらくかなり被曝している可能性はある。結婚願望も、母になりたいという願望もあったに違いない。迫りつつある恐怖と闘いつつ、それでも現地の役に立ちたいと願った彼女の「ジャーナリスト魂」には敬意を表したい。だが業務命令とはいえ、一瞬でも地元を離れたことは、女性記者にとっては負い目となって後々までのしかかる。彼女は自分の日記にこう記している。

「今回福島を離れた私の姿は、自分がこれまで追い求めた理想の記者像とあまりにかけ離れ、その落差に言いようのない絶望感を覚えました。自分の中の弱さ、報道の使命、会社の立場……それらいろいろな因子の折り合いをつけて前に進むのが記者なのかもしれません。

でも、一度福島を去った私にはそう割り切ることができなかった。震災後どう生きていけばいいのか、記者の立場を離れた一人の人間として考えようと思いました」(第6章「福島原発のトラウマ p192より)

こう書いた彼女は、震災後から5ヶ月後ペンを置いた。彼女が現在どんな生活を送っているのか、この本では触れられていない。ただ言えることは、今回の大震災は、この若い女性に消えることのない、精神的な傷を与えたということだ。

今回の大震災以降、被災者や反原発派を中心に

「メディアは本当のことを言わない」

「大本営発表ばかりで、『専門家』の権威に頼った取材を繰り返し、自分で足を運ばない」

「東京電力を中心とする『原子力ムラ』への追及が甘い」

という非難の声が止むことはない。残念ながらこの本を読んでも、河北新報が「原子力ムラ」の責任を厳しく追求してきた、という姿勢を認めることはできない。いや、紙面では追求してきたのかもしれないが、それは本書のテーマとはそぐわないからと、あえて掲載しなかったのかもしれない。この本の出版元が「右派代表」ともくされる文藝春秋だからなおさらだろう。

だが、この新聞社が被災地に絶えず寄り添う姿勢を見せてきたのは事実である。

第8章では、記者の声を集中して取り上げているが、どの意見も生々しいものばかりである。「新聞社が必要とされていると感じた」と述べる記者もいる一方、心身とも疲労困憊し、不眠を訴える声も相次いだ。必要備品が不足し、通信が繋がらないため、取材活動に不備をきたしたという発言も記載されている。放射線という「見えない敵」のために、取材活動がしにくかったという発言もあった。

第9章では、読者からの体験談が掲載されているが、それらの記事を見る限り、一歩間違えれば生命はなかっただろうというケースばかりであり、いかに被災地が厳しい状況に置かれているかがわかる。だが問題は、これらの問題を取り上げているのが地方メディアであり、本拠地を東京に置く大メディアはほとんど触れていないということだ。これは情報格差というより、何か意図的なものがあるのではと勘ぐらざるをえない。

「3.11」以降、東北に拠点を置く新聞社が何を考え、取材し、社内で何が起きたのか?

上記については、この本はそれなりに知的好奇心を満たしてくれる。

だが東日本大震災で追求されるべきことは、政府の復興政策の甘さと縦割り行政の弊害、そして原発事故の責任なのだが、この本ではそれらのことは殆ど触れられていないのは残念だ。

河北新報の立場からすれば

「我々は『地方ブロック紙』である以上、政府や行政の責任よりも、むしろ住民が欲する情報に注力すべきだ」

という立場はわからないでもない。だが「ジャーナリズム」である以上、行政や企業の責任を問うことは、避けて通れないのではないか?

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