「2016年8月の読書リスト」

オリンピックと甲子園という、国内外のビッグスポーツイベントが終わり、今年も9月に入った。

まだまだ暑い日が続くが、日本、そして日本の政治は終わったような気がしてならない。

今回の参議院選挙と都知事選の結果を見て、極右・復古派はしめしめと思っているに違いない。もっとも後者については「保守分裂」という願ってもない好機を生かせなかった、野党陣営の作戦ミスも大きい。

右傾化する若者世代に一石を投じるべく結成された若者団体「SEALDs」の解散会見が、今年の終戦(敗戦)記念日に開かれた。

大学生が中心になって結成されたこの団体は「怒れる若者の代表」として、一躍マスコミの寵児になった。全国に関連団体ができたことで、同世代への影響を与えうる団体と見なす人たちも多かっただろう。参議院選挙の一人区における野党共闘は、彼らの存在なくしてはありえなかったのは確かだ。今回の参議院選挙から、投票権がこれまでの20歳から、18歳に引き下げられた。そこにSEALDsが登場したから、彼らの活動に刺激を受けた同世代が「反安倍」に1票を投じるのではないか?という見方もあったが…結果は、皆様ご承知の通りである。

はっきり言って、私は彼らが与える「影響力」とやらを疑問視していた。今の日本では「世間で名の通った大学の学生=文化資本の高い階層出身が多い」と思われがちである。実際、ボランティア活動に積極的に関わっている学生は、知力・資力において余裕のある学生が大勢を占める。おまけに今の大学生は、自分と似たような境遇の人間、同じような環境で育った人間としか付き合わない。まれに異世代と付き合う人たちもいるが、それは自分たちにとってメリットがあるからである。女子学生はこれが顕著で、自分たちにプラスになるかどうか、ちょっとした会話で瞬時に判断する。

そしてこれらの体質は、NGO関係者にもいえることである。会話した相手の知性並びに文化資本が、自分たちより明らかに低いとわかると、よそよそしい態度をとる人間の何と多いことか?「せっかくだから寸志・会費はちょうだいします。ですがあなた方の意見を聞く気はありません。黙って我々のやり方についてきてくれればいいのです」という不愉快極まりない感触を、私は何度も感じた。

それはSEALDsも同じこと。彼らがシンポジウムを開くというので彼らのHPを見た私は、その金額を見て、心の中で怒髪天をついた。入場料3,000円だと!

学生の多くは、将来に怯えながら生きている。学費を滞納しないか?奨学金を打ち切らたり、アルバイト先をクビにならないか?クビにならなくてもバイト先から不当な扱いを受けないか?無事に就職先が決まるか?卒業しても借金苦に陥らないか?食費をギリギリに切り詰めても、公共料金や家賃を滞納しないか、びくびくしながら生活している彼らにとって3,000円というのは、おいそれと払えない金額である。組織運営費、会場費がかかるのは理解できるとしても、この金額はいくら何でもぼったくりではないか!50代に近いわたしですら憤りを感じるのだから、同世代はなおさらだろう。

生活に苦しんでいる学生にとって、彼らの存在は「別世界の住人」「異星人」にしか見えないに違いない。こっちは日々の生活に追われ、料金や家賃滞納の恐怖に直面しているのに、彼らは何事もなかったかのように「戦争反対」「原発再稼働反対」と国会前で叫んでいる。生活や将来の心配をする必要のない人はうらやましいよねと、静かに冷たい視線を浴びていることを、SEALDs関係者とその支持者は理解しているのだろうか?

確かに今の「若者」にも、真剣に「脱原発」「戦争反対」を願っている学生もいるだろう。しかし大多数の若者は、そんなことよりも「真っ当な就職先」「格差対策と機会の均等」を強く求めているのである。今の若者は、心身とも疲れ切っており、社会問題に関わる余裕はない。SEALDsに限らず「左派」知識人並びにメディア化傾斜が、これらの問題をもっともっと取り上げ、彼らの意見に耳を傾ける姿勢を見せていたら、参議院選挙も都知事選も、違った結果になっていたはずである。

それでは、先月読んだ本の紹介である。

 

====

モア・リポートの20年ー女たちの性を見つめて

1983年、世間に衝撃を与えた「モア・リポート」シリーズの最新データを集めた一冊。このアンケートは1980年、1987年、1999年の三回にわたって実施され、その時々の女性の「性」に関する意識の変化を克明にとらえてきた、貴重な記録である。1980年と1987年のアンケート結果は単行本にまとめられ、文庫化の際前者は2分冊、後者は3分冊で刊行されたが、1999年のアンケートは、新書版で刊行された。セックスの回数を掲載しているのだから「好きな体位」「イキやすい体位」もアンケートの項目に掲載して欲しかったと思うのは、私だけだろうか?1998年のアンケートでは、援助交際、テレクラ、不倫、セックスレスの概念が入り、女性たちの性に対する認識の変化が窺える。そして「イク」「オーガズム」という概念は、今も女性たちを苦しませている。本来SEXというのは、男と女の間で交わされる、愛情を深める手段のはずなのだが、そのことを理解しない男性が多い事実には、憤りを感じるのである。

モア・リポートは今世紀に入って1回行われた記憶があるが、その結果が書籍にまとめられた形跡はない。もうそろそろ、21世紀日本女性の「SEX」に対する認識を知りたいと思っているのだが。

アグネス白書

氷室冴子が遺した、少女小説の傑作の一つ。前作の「クララ白書」が中学校時代(正確には「中等部寄宿舎時代」だが)の話だが、今作は高等部寄宿舎「アグネス舎」が舞台である。

無事に徳心女子学園高等部に入学した「しーの」こと桂木しのぶ。彼女は平穏無事な寄宿舎生活を望んでいたはずなのだが、相変わらずトラブルの種は尽きない。高等部入学早々、外部からやってきた女子生徒の扱いに四苦八苦。さらに中学時代からの親友・マッキーの恋愛騒動に振り回され、その騒動がやっと決着がついたと思ったら、今度は自身の恋愛(と本人は思っていないが)問題が持ち上がる。始末の悪いことに、この問題には尊敬する上級生たちも絡み、誤解が重なったあげく、中等部時代からつきあいのある男子大学生との関係に亀裂が入る。関係修復に走るしーのだが、相手は完全にへそを曲げてしまった。普通の女子高生だったら、完全に精神が崩壊しておかしくない展開である。さて彼女は、この事態をどう打開していくのだろうか?

美術館の舞台裏 魅せる展覧会を作るには

丸の内にある落ち着いた雰囲気を持つ美術館である、三菱一号館美術館。同館の館長が書き綴る、日本の美術展と美術館の実態と現状。日本の美術館に対する公的援助が少ないことは、以前から重々承知していた。自前で用意できるコレクションに乏しく、海外にネットワークを張り巡らす新聞社・メディアの力なくしては、日本の美術館で海外芸術の展覧感を開催することは難しいのだ。そのことが、日本の美術館とメディアの関係に悪影響を及ぼし、日本に真っ当な美重点の評論が存在しないことを、筆者は心から憂えている。「寄付」と「寄贈」の違い、美術品を巡るドロドロの世界、美術品と光(太陽光、室内照明問わず)の関係…。「学芸員」の地位が、海外と日本とでは全く違うことに、驚く人も多いだろう。大学の講座で簡単に取得できる日本に対し、高度な試験を突破しないとその座につけない海外。自前で用意できるコレクションがない(少ない)が故に、日本独自で発展した様式が、海外の美術関係者から奇異の目で見られていることは、日本人美術愛好者の一人としては肩身が狭い。そしてここ数年の世界的不況で、海外の美術館も経済的苦境に陥っているのは、美術ファン、美術展覧会好きには気がかりな状況である。美術というのは、このまま「金持ちの道楽」になってしまうのだろうか。

アグネス白書パート2

「アグネス白書」の続編。筆者が大学時代を過ごした、札幌にあるカトリック系ミッションスクール「徳心女子学園」の寄宿舎を舞台にしている「クララ白書」「アグネス白書」シリーズだが、時系列でいえば、前者は中等部3年での中途入寮~中等部卒業まで、後者は高等部1年次に起きた出来事を取り上げている。なぜこの時系列にしたかどうか、今となっては確かめる術はない。個人的には、筆者にとってこの2年間は「暗黒時代」であり、自分が理想とする学生生活を送ってみたかったという願望を、少女小説という形で再現してみたのではないか?と思っている。個人的には女性は「魔物化け物の類い」であると思っている管理人だが(その理由は書くつもりはない)、同年代の女子の交流とは、かくもややこしいものであり、男が想像する以上に陰湿であり、そして理解不能だと嘆息せざるを得ない。そして本巻でも、主人公「しーの」は自分の力では難局を打開できず、相変わらず周囲の都合に振り回されっぱなしである。救いは、彼女には理解者と友人に恵まれているということ。これだけでも、彼女は十分に幸せ者だと思うのだが。

ハイキュー!!(7)

第6巻に引き続き、インターハイ宮城県予選3回戦、青葉城西との対戦の模様である。

正セッター、影山に変わって登場した菅原は、影山とはまた違ったトスワークで、相手を混乱させる。敵将から「日向以外のアタッカーの使い方がヘタクソ」だと見破られた影山だが、トスワークとリズムを読まれはじめた菅原に交代するかたちでコートに戻ると、今までとは違ったプレースタイルをとるようになる。彼の急激な心境の変化に、戸惑うチームメートたちが浮かべる表情がおかしい。影山が復調したおかげでチームは勢いを取り戻し、第2セットを奪って1-1のタイに。勝負がかかる最終セットも、とっては取り返しの展開を繰り返し…。

そのプレースタイルから、主人公サイドや読者から「ラスボス」と思われている及川。だが彼もまた「努力の人」だった。一見飄々としているが、彼もまた人に言えないトラウマを抱えているのだ。挫折経験のない人間はいない、みんな心の奥底に、何らかのコンプレックスを抱えている。それが一般人のレベルからすると、遙かに高いところにあるとしても。この作品が人気を集めているのは、登場人物の心の傷について、きっちりと描いているからだと思う。

カラヤンがクラシックを殺した

筆者の専門は20世紀を中心にした美術史と芸術学で、その方面では高い評価を得ている。

その筆者が「カラヤン」をテーマにしたクラシック音楽の本を書いたのは、専門分野である「20世紀の芸術」との関連性があったからだろう。だができあがったのは、難解であり、見苦しく、独りよがりな文体で彩られた、この上なく醜悪な「カラヤン批判本」だった。筆者は「カラヤンによって、クラシック音楽が持つ精神は堕落する方向に向かった」と主張するが、そのような音楽を受け入れたのは現代の聴衆である。カラヤンは彼らに受け入れられるように、自分が持っている美学を大衆にあわせてに過ぎない。非難されるべきは、彼にそのような美学を要求した聴衆であり、カラヤンではない。

筆者がカラヤンを嫌うのは勝手だが、このような主張がクラシック音楽のファンを買うのは当然であり、ネット上の評価が芳しいものでないのも宜なるかなと考える。

余談だが、筆者は本書を上梓してから約半年後に急逝した。今生きていたら、どんな音楽評論を書いていたのだろうか。彼の書いた哲学本、美術本をもっと読んでみたかった。

Facebook にシェア
このエントリーをはてなブックマークに追加
[`yahoo` not found]
このエントリーを Google ブックマーク に追加
[`evernote` not found]
LINEで送る
Pocket

「2016年1月の読書リスト」

あ・あ・あ……や〜れやれ、という感じである。

TPP推進など、安倍内閣の経済政策の司令塔として動いていた甘利明・内閣府特命担当大臣が、不祥事で大臣辞任に追い込まれた。不祥事の規模からいっても、これまでだったら内閣総辞職レベル、それでなくても衆議院を解散してもおかしくないほどの大スキャンダルなのに、なぜか「内閣支持率」の数字が上がっているというのだから、本当にわけがわからない。国民は、本当にこの政権の政策を支持しているのだろうか?それとも夜ごと安倍と会食している「大メディア」幹部の以降を、現場の記者が忖度した結果なのだろうか?前者だったら、戦後70周年書けて政府が施してきた愚民化政策の成果であり、後者だとしたら、メディアの堕落腐敗ぶりもここまで来たのか、と嘆息せずにいられなくなる。

それでは野党や市民運動サイドはどうなのか…というと「頭にくる」を通り越し、ただただ絶句するのみである。

野党五党(民主・維新の会・生活・共産・社民。もちろん「おおさか維新の会」は野党じゃないからね)は、この夏に行われる参議院選挙で「野党統一候補」を擁立して、安倍政権に対抗するといっている。だがその中心となるべく民主党の姿勢が、いつまでたっても定まらない。参議院選の最大のテーマは、誰がどう見ても「改憲」「反原発」のはずである。ところが新潟では、一度「野党統一候補」を建てるつもりで動いてはずの民主党が、態度を一転して自党から候補を擁立することを決めてしまった。その背景には、原発再稼働に固執する電力労連の意向を受けた「連合」が、脱原発を公約に掲げる候補者の支援を拒否したからだ。心ある一は安倍総理を「KY」というが、本当の「KY」はこいつsらなのでは?と思ってしまう。

そして市民運動の側を見たら、こちらも「何だかな〜_| ̄|○」と、こちらの気持ちが萎えてしまいそうな記事を見てしまった。

こちらの記事では瀬戸内寂聴とSEALDsのメンバーが対談しているが、どう見ても彼らには弱者に寄り添う姿勢が見えてこない。

「自分たちは社会に役に立つ活動をしていまーす!うふふっ」

という雰囲気漂うこの対談、瀬戸内寂聴はしきりに恋愛を話題にしているけれど、貧乏な男性にとっては戦争があろうとなかろうと、恋愛する権利も余裕もないのだよ。彼女たちには、自分たちよりも生活レベルも知性も低い男性のことなんか、おおよそ眼中にないだろう。安倍内閣の支持率がなかなか下がらないのも、低学歴層がインテリ層に対する恨み辛みを、安倍政権が晴らしてくれると思っているからに違いない。彼らにとっては「反戦」よりも「バカにされてきた自分たちの自尊心を回復すること」を優先するのだろう。

さて、先月読んだ本の紹介。

先月はそうでもないが、ここ最近は経済や自然科学、そして哲学に関心がある。来月以降は、これらの分野の本を紹介することが多くなるだろう、と宣言しておく。

生きさせろ! 難民化する若者たち生きさせろ! 難民化する若者たち

読了日:1月1日 著者:雨宮処凛
時空(とき)の旅人―とらえられたスクールバス〈中編〉 (ハルキ文庫)時空(とき)の旅人―とらえられたスクールバス〈中編〉 (ハルキ文庫

読了日:1月3日 著者:眉村卓
戦争に強くなる本 入門・太平洋戦争―どの本を読み、どんな知識を身につけるべきか戦争に強くなる本 入門・太平洋戦争―どの本を読み、どんな知識を身につけるべきか

読了日:1月9日 著者:林信吾
紛争の心理学―融合の炎のワーク (講談社現代新書)紛争の心理学―融合の炎のワーク (講談社現代新書)

読了日:1月13日 著者:アーノルドミンデル
セックスと恋愛の経済学: 超名門ブリティッシュ・コロンビア大学講師の人気授業セックスと恋愛の経済学: 超名門ブリティッシュ・コロンビア大学講師の人気授業

読了日:1月14日 著者:マリナアドシェイド
恋よりブタカン!: 池谷美咲の演劇部日誌 (新潮文庫nex)恋よりブタカン!: 池谷美咲の演劇部日誌 (新潮文庫nex)

読了日:1月20日 著者:青柳碧人
モア・リポートNOW〈3〉からだと性の大百科 (集英社文庫)モア・リポートNOW〈3〉からだと性の大百科 (集英社文庫)

読了日:1月25日 著者:モアリポート班
ちはやふる(30) (BE LOVE KC)ちはやふる(30) (BE LOVE KC)

読了日:1月26日 著者:末次由紀
時空(とき)の旅人―とらえられたスクールバス〈後編〉 (ハルキ文庫)時空(とき)の旅人―とらえられたスクールバス〈後編〉 (ハルキ文庫)

読了日:1月30日 著者:眉村卓
====

生きさせろ!難民化する若者たち

リストに登録していると思っていたけど、登録していなかったので改めて登録する。よって、今年最初にに読了した本でないことを、あらかじめお断りしておく。

今から9年前に発行され、後に文庫化(ちくま文庫)されたが、今の雇用情勢は当時より悪化している。本書では「労基署は何もやってくれない」と訴えているが、今や労基署の窓口で失業者に対応する職員も、そのほとんどが「非正規社員」である。安倍政権は発足以来、国会で「自民党政権になって以来、雇用情勢は回復している」と強調するが、雇用が増えているのは「非正規社員」であり「正社員」は減少傾向が止まらない。工場の多くが非正規社員になったことで、日本企業の技術力は完全に失われた。

とある投資家が「日刊ゲンダイ」に執筆しているコラムで

「スーパーの『ダイエー』が凋落したのは、人件費を削ったからだ。パート社員が売り場の主力を占めていたのに、彼ら彼女らの勤務時間を削ったために、彼らは一斉に退職した。結果として売り場が荒れ、それが業績低迷につながった」

と書いていたが、その通りだと思う。正当な仕事に見合う真っ当な評価を下す経営者が増加しない限り、日本経済の復活はありえないと思うのは、私だけではあるまい。

時空(とき)の旅人-とらえられたスクールバスー

(中巻)

この本も登録が今月になっただけで、年末ギリギリに読了している。

本作は、‘70~’80年代にかけて一世を風靡したSF作家・眉村卓の作品の一つである。

スクールバスを乗っ取った少年曰く「性能の悪い」タイムマシンをつけたスクールバスは、昭和15年で特高警察にマークされている大学助教授が新たにメンバーに加わり、幕末動乱期→関ヶ原の戦いを経て、少年が目指す戦国時代に到着した。そして、じょじょに明らかになる「時間管理局」の実態。管理局員の本当の狙いは、少年の追跡以外に何か目的あるのではないか?と思わせる描写があちこちにちりばめられている。そして彼らが到着したのは、日本人なら誰でも知っているはずの歴史的大事件だった。彼らは時間をさかのぼる途中でとある武士と知り合い、その時代まで一緒に同行することになるが、彼の狙いはこの大事件を阻止することにあった…。

「戦争に強くなる本 入門・太平洋戦争―どの本を読み、どんな知識を身につけるべきか」

ひょっとして「この本も、リストに入れていなかっただけだろう?」と突っ込む来訪者のみなさんへ。はいそうです。この本も、リストに入れてませんでした_(_^_)_

この記事にもあるとおり、本書では小林よしのりをクソミソに貶している。それでは当の本人は反省しているのかというと…このブログ記事を見る限り、どうもそのようには見えない。彼がそもそも安倍政権がしゃかりきになって制定した「安保法制」に反対したのは「英米と一緒になって侵略戦争に加担するのがイヤ」なのであって、戦争そのものを否定しているわけではなさそうだ。北朝鮮が核武装に固執しているのは、あえてここではいわないでおく。だがその視点が小林だけでなく、安倍政権や「安全保障専門家」から窺えないのはどうしてか?安倍晋三は北朝鮮問題について聞かれる度に、なんとかの一つ覚えのように「対話と圧力」と答える。しかし端から見ると、この政権は北朝鮮と一戦交えたいという狙いがミエミエで、考えるだに怖ろしくなる。ミサイルを発射し、狙い通りに北朝鮮の政権が崩壊したとしよう。だがその結果何が起こるのか?その視点がまるでないのが一番怖いのだ。

紛争の心理学ー融合の炎のワーク

ここから、今年読了した本になる。

この本は「心理学」というタイトルがついてはいるが、本書で取り上げられている内容は、従来の「心理学」だけではなく、社会学・政治学・人類学・文化学・ジェンダーなど複数の視点を持たない読者には、理解するのは困難である。本書が発行された時期が、あの忌まわしい事件「9.11」直後ということもあり、書店でこの本を手にとってページをめくったり、興味を持って購入した人も多いだろう。私もその一人である。

彼は本書では繰り返し「対立が厳しい世界こそ対話が必要だ」と説く。彼は世間で「テロリスト」と呼ばれている人たちについて「社会で抑圧されている人々」と表現し、彼らから「敵」と認定されている我々は、彼らから見れば強い立場にある人間である事を忘れてはならないと主張する・そして対話を主導する立場にある人も、強い立場にある事を忘れてはいけないのだと述べる。おそらく世界中でテロ事件を起こしている「イスラム国(IS)」も、おそらく「自分たち以外の人間はみんな敵だ」という論理で行動しているのだろう。彼らとの対話が成立するのかは、はっきり言ってわからない。だからこそ彼らみたいな人間を、本気で対話の席に引っ張り出す手段を考えるべきなのだ。報復爆撃だけでは、この争いが終わることはないだろう。

セックスと恋愛の経済学

経済学の理論を用いて「SEX」と「恋愛」行動について読み解こうという、野心的な経済学の本。日本では「草食男子」「肉食女子」という概念が定着して久しいが、海の向こうでもそうだったのね。そして、男子に一定の経済力を求めるのも万国共通なのね。私みたいな「中年フリーター」は、読んでいて精神が鬱状態になってしまったわい。恋愛傾向が人種によって大きく違うのは「ああ、やっぱりね」と思ってしまう。経済力が高い階層ほどいい教育を受けられ、低ければ低いほど、まともかつ真っ当な教育を受ける機会が低い現実を、この本でもイヤというほど認識させられる。だが残念ながら、この本では「貧乏な人間が、どうやって恋愛を楽しめばいいのか」という視点では書かれていない。貧乏人は恋愛を楽しむな、ということなのだろうか。

恋よりブタカン~池谷美咲の演劇部日誌~

「浜村渚の計算ノートシリーズ」でおなじみの青柳碧人による新シリーズの2冊目。なぜ2冊目を紹介するのかというと、ただ単に1冊目が地元の書店で手に入らなかっただけ。「GOSICK」(桜庭一樹)の大ヒット以降、ミステリー×ラノベの分野にまたがる作品が多数見られるようになったが、本作もその流れを汲む一つである。本作の舞台は高校の演劇部、この設定は大ベストセラー「幕が上がる」を意識したものだろうか?作中においてふんだんに演劇用語をちりばめているが、その割に心の中に響いてこないのはどういうわけか?肝心のミステリーの推理も、どこか唐突感が否めないんだよな。それなりに伏線をはってはいるけれどね。

モア・リポートNow(3)からだと性の大百科

モアリポートNow三分冊の最終刊。先に刊行された二巻が「社会学」的な雰囲気を持っているのに対し、こちらは入門者向けの医学書という雰囲気を持っている。生理のメカニズムとリズム、妊娠、中絶、そして性病のこと。女性ですら先記のことをよくわかっていないのだから、異性である男性はなおさらだろう。「性病」の項目で、AIDSについて詳述しているところに時代性(本巻の刊行は1987年)を感じる。今でこそエイズとのつきあい方が判明しているが、この時代は「死に至る病」と認識されていたのだ。後半に収録されている、女性特有の悩みに専門家が回答する項目では、人によっては「上から目線だ」と感じる人も多いだろう。書籍版刊行から約30年経過したが、女性が抱えている問題も、そして彼女らが抱える理解しようという姿勢を見せない男性が相変わらず多いという事実を、男性は同理解したらいいのか?とはいえ恋愛に興味を示さない(したくてもできない)男性にとっては、これらの問題は他人事としか感じないだろう。

ちはやふる(30)

2016年初のコミック。

今春に「上の句」「下の句」の二本立てで映画化される本作も、いよいよ30の大台に到達した。真冬であるにもかかわらず、真夏に開催されるイベントのことについて書かれた作品を読むことに違和感を覚えるというヤボはいいっこなし。高3になる千早たちにとって、今度の大会が仲間たちと迎える最後の大会。千早の顔には、自分たちが後輩たちのために道を切り開くんだという意気込みや、本来ならいるべき人間がそばにいない寂しげな表情が垣間見える。そして本巻は「かるた=文化系」であるというイメージを見事にぶち壊してくれる場。「競技」という二文字がつくだけあり、そのトレーニング内容は運動部顔負けのメニューがてんこ盛り。そして迎えた準決勝。その結末やいかに?

時空(とき)の旅人-とらえられたスクールバスー

(下巻)

ハラハラドキドキの展開が続いていたこの物語も、この巻をもってめでたく決着。このままだと、大事件として語り継がれるはずの出来事が「なかったこと」にされてしまう。それを避けるべく東奔西走する主人公たちだが、思わぬ自体が彼らを待っていた。「事件が起きなかった」時間軸から「時間管理局」メンバーに襲撃され、彼らは窮地に陥る。命からがら逃げ回る彼らに、思わぬところから救いの手が差し伸べられる。交錯する時間軸の前に混乱するメンバー。事件は解決するが、時間軸がずれたことで、彼らが負われる原因となった人間が「いなかった」ことになる。そしてやってくる別れの時。戦国時代に残ったメンバーが、その後どんな人生を送ったかはあえて明記されないが、その選択に後悔はないということを信じたい。現代に無事帰還したメンバーは、現代だったらネットで袋だたきに遭うだろう。作者が今同じテーマを取り上げたら、たぶん結末は違っていただろう。

Facebook にシェア
このエントリーをはてなブックマークに追加
[`yahoo` not found]
このエントリーを Google ブックマーク に追加
[`evernote` not found]
LINEで送る
Pocket

「2015年10月の読書リスト」

気がつけば、今年もかレンダーがあと2枚という時期になった。本当にあっという間である。

「あっという間」といえば、この国の「戦前化」も急スピードで進んでいる。先日も某書店チェーンが企画したフェアに「ネトウヨの抗議が殺到し、フェアが中止になる事態に追い込まれた。新聞を見ていたら、戦前の様子を知る人が

「言論統制は『上から』ではなく、国民が上の意向を忖度することからはじまる」

という趣旨のコメントを出していたが、これは本当だと思う。戦後に戦線拡大の責任を問われた旧日本陸軍幹部が

「君たちがさんざんあおったからではないか」

と答えたそうだが、これは本当だと思う。今の風潮に、メディアが手を貸しているのは間違いない。

それでは、先月読んだ本のご紹介。

先月は結構読んだな。

集団的自衛権はなぜ違憲なのか (犀の教室)集団的自衛権はなぜ違憲なのか (犀の教室)

読了日:10月3日 著者:木村草太,國分功一郎
早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした

読了日:10月4日 著者:小林拓矢
モア・リポート―新しいセクシュアリティを求めて (集英社文庫)モア・リポート―新しいセクシュアリティを求めて (集英社文庫)

読了日:10月13日 著者:
美しい国へ (文春新書)美しい国へ (文春新書)

読了日:10月20日 著者:安倍晋三
ちはやふる(29) (BE LOVE KC)ちはやふる(29) (BE LOVE KC)

読了日:10月21日 著者:末次由紀
楽園のカンヴァス (新潮文庫)楽園のカンヴァス (新潮文庫)

読了日:10月27日 著者:原田マハ

集団自衛権はなぜ違憲なのか?

「報道ステーション」コメンテーター(月曜日担当)でおなじみの、新進気鋭の憲法学者による最新刊である。筆者はこの本では、安倍内閣が推し進める「安保法案」の危険性について、わかりやすい言葉で解説している。「本を燃やそうとしている人間は、いずれ自国の憲法を燃やそうとするだろう」という言葉にはゾッとさせられるが、この内閣がこのまま安保法制を強引に推し進めようとすると、早晩国内外で立ちゆかなくなるのは、火を見るより明らかなことである。「法的解釈の安定性」についての意見は必読。この概念を否定するということは、条約の解釈すら自分たちの都合のいいように解釈する可能性もある。それは諸外国との外交関係にも重大な齟齬を来す可能性にもつながるということを、筆者は指摘する。だがほぼ全員が「知性を持つ者」に反感を抱くこの政権は、自分たちの都合の悪いところにはとことん頬被りを決め込むだろう。「この道はいつかきた道」にならないことを祈るしかない。

早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした

自らのことを「氷河期世代を代表するフリーライター」と自称するライターの、初めての単著である。

ただし、これを今問題の「ブラック企業で働き、身も心もボロボロになって退職した人間が書いたルポルタージュ」と思って読んではいけない。「自分は苦労して早稲田を出たのにまともなところに就職できず、生活のためにやむを得ずこんなちんけなところに就職した。だがそこは自分が思っていた会社ではなく、周りがバカだから自分の考えている仕事が何一つできない。だから悪いのは自分ではない」という恨み辛みを、延々と書き連ねているだけの駄本である。「ブラック企業」と思っているのは本人だけ、むしろ私は、彼みたいな人間を「一人前の社会人」に育成しようと奮闘していた、上司や先輩の苦労はいかばかりかと思ってしまうのである。====

モア・リポートー新しいセクシュアリティを求めて

先日このブログでも紹介した「モア・リポートー女たちの生と性」の後半。このアンケートには、5,000人を超える読者から回答が寄せられた。この本からは、彼女たちが「性」について思うところを、自分たちの言葉で赤裸々に語っている。興味深いのは「オーガズム」についての部分。彼女たちの意見を読んでいると、巷に溢れている官能小説の性表現が、以下に陳腐でいい加減であるかということが実感できる。オトコが想像する「性」とオンナが実感する「性」とのギャップ。そして彼女たちの多くは、世間や多くの男性が求めているものと、自分たちが求めているものとのギャップに苦しんでいることがわかる。初回のアンケートから30年あまり。この企画に協力してくれた女性たちは、30年前の自分をどう思っているのかを知りたい。

美しき国へ(2006年版)

現総理・安倍晋三の第一次内閣発足時にあわせて発行された新書。現職の総理大臣がこのような新書を出すのは極めて異例であり、当時はかなりの売れ行きがあった。時の総理が何を思い、現状をどう認識しているのかをしりたくて買った人が多かったと思うのだが…この本で書かれている内容に失望した人は多かっただろう。彼の思考を一言でまとめれば「日本大好き、祖父大好き」。時代はグローバル化が進んでいるのに、今だ「国ありき」という思考回路。経済でも環境でも「一国」だけで解決できない時代を迎えつつあるというのに。それにしても、この本で書かれていることと、国会答弁における対応があまりにも違いすぎる。この本は「俺は世間一般でいうところの『極右』じゃない」とアピールするだけに存在している?だとしたら、ネット上における評価が両極端なのも納得。

ちはやふる(29)

表紙にヒョロがでていることからもわかるように、この巻は「ヒョロの、ヒョロによる、ヒョロのためのエピソードが満載である。自らが弱いと自覚しているからこそ、下級生の心に寄り添い、彼らを一人前の戦力にする。彼の存在は「リーダーのあるべき姿」といえるかも知れない。そして「札全部が真っ黒に見える」といっていた太一にも復活の兆しが。だがかるた部をああいう辞め方をしたことが彼の負い目になっているようだ。千早たちに勝利の女神が彼らに微笑んだのは、まさに奇跡としか言い様がないが、このままでは全国大会で赤っ恥をかくのは確実。ここからどうやってチームを立て直していくのだろうか?そして詩暢の「かるたのプロになりたいんや!」という叫びが痛々しい。彼女の願いが叶えられますように。

楽園のカンヴァス

19世紀フランスの画家アンリ・ルソーの晩年の傑作「夢」にまつわる背景を主題にしたミステリー小説。ルソーが描いたという絵画「夢を見た」の真贋鑑定を、絵画コレクションの世界で有名なコレクターから依頼されたのは、新進気鋭のルソー研究者とMoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーター。果たしてこの絵はルソーの作品なのか?はたまた何者かがルソーの名を借りて描いた作品なのか?そして、この依頼をしたコレクターの正体は?

著者は大学で美術史を専攻し、美術館の楽ゲインを経て森美術館の立ち上げに関わり、その課程でMoMAに出向経験があるため、美術館やコレクションの裏事情もふんだんに盛り込まれている。解説を担当した高階秀次氏によれば、古来から美術品は窃盗団のターゲットにされやすかったとのこと。現在「行方不明」とされている作品の多くも、彼ら「闇マーケット」関係者の間でやりとりされているのだろうか?

Facebook にシェア
このエントリーをはてなブックマークに追加
[`yahoo` not found]
このエントリーを Google ブックマーク に追加
[`evernote` not found]
LINEで送る
Pocket

女性たちが社会に与えた、衝撃の告白。

その内容は、発光から30年以上経った今も十分生々しい。

 

雑誌で女性のヌードをはじめて目撃したのは、2歳の頃だろうか?だが母はそれらの写真を「神様が隠した」と言って、どこかに隠してしまった。おそらく母は女性のヌード写真を「汚らわしいもの」だと思っていたのだろう。性教育についても同じで、私は「性」に関する知識は、自分で身につけるしかなかった。

私が小学校時代(1970年代後半)、「婦人倶楽部(1920〜1988年、講談社発行)」「主婦と生活」(主婦と生活社発行、1946〜1993年)「主婦の友主婦の友社発行、1917〜2008年)」といったいわゆる「婦人雑誌」は、「オーガズム」「オンナに目覚めた夜」などといった刺激的なタイトルで、過激なSEX特集を毎月のように掲載していた。「主婦の友」に至っては「SEX特集」と銘打った別冊を毎月発行していたほどである。我が家にある「婦人倶楽部」には、主婦のオーガズム体験記が掲載された。彼女らが手紙で同誌編集部によせた告白記の内容は、40年近く経った今読んでも生々しく、男子が書いたポルノ小説のセックス描写よりも遙かに刺激的であり、小学生だった私には衝撃的だった。

1970~80年代は月刊婦人誌の他に、祥伝社が発行する「新鮮」、光文社が発行する「微笑」という隔週刊の女性週刊誌があった。一応「女性誌」と銘打っているので、掲載内容は芸能人に関する記事が中心である。だがこの両誌のウリは芸能関係ではなく「月刊婦人誌」以上に過激なSEX記事だったのではないか?両誌には毎号のようにSEX関連の記事が、ご丁寧に女性の裸の写真付きで掲載された。「主婦と生活」と発行元が同じである「週刊女性」に至っては、読者自身のヌードを披露するコーナーが存在した。彼女たちを撮影するのは、プロの写真家である。おそらく彼女たちは、自分が一番きれいな姿であるうちに、己の生まれたままの姿を遺したかったのだろう。

小中学生の頃、女子の同級生たちは自分の裸を見られるのを嫌がった。その一方で女性誌に、SEX記事に夢中になり、自分のヌードを掲載したがる「オトナの」女性たちの存在がいることは、子供心に不思議だと思っていた。勝手な憶測だが、これらの記事を読みながらせっせと「自家発電」に勤しんでいた男子中・高生も多かったに違いない。と同時にこれらの記事が、彼らの「性教育」の教科書という役目を果たしていた。そういえば‘1970年代~1980年代に放映されていたテレビドラマも、女優たちが平気でスクリーンやテレビカメラの前で、自分の生まれたままの姿を晒し、時には頭を揺らしながら嬌声を上げる場面が多かったと記憶している。====

世間にはこれだけ「SEX関連記事」を掲載する女性誌が多いにもかかわらず、1983年にこの本が出版されたときの衝撃は大きかった。私が考えるに、理由は2つ。1つはこの本を編集した「MORE」という雑誌はファッションが中心の雑誌でであり、他の女性誌が力を入れている「SEX」についての距離を置いていたと思われていたこと、もう1つは「月刊婦人誌」が掲載していたSEX関係の記事が「自分が体験した快楽の記録」が中心なのに対し、この本では女性自身が自らの言葉で、SEXに対する欲求を赤裸々に語ったことである。

MORE」が1980年・1981年に実施したアンケートに回答した女性は、13歳~60歳の5,770人(1980年は5,422人、実名回答は1,460人。1981年は348人)。編集部が用意した質問は全部で45問。読者に自らの具体的な性生活を事細かく尋ねる内容のため、読者から寄せられた回答の整理・分析に2年半を費やした。インターネットが普及した現代、同様の質問をネット上で募集したら、回答を寄せる読者がどのくらいになるのかは想像できないが、おそらく相当数の回答が寄せられるだろう。むろん日本国内だけでなく、海外に在住する日本人および日本語を理解する外国人も、この企画に積極的に参加すると思われる。もっともこの企画自体をもって、日本女性の性に関する意識を代表することはできない。「MORE」の読者層は20~30代の、それもある程度知的水準が高い女性である。だからこれらの数値は、あくまでも参考程度として受け止めるべきであるが、1980年代初頭における、女性の「SEX」「性」についての意見・思考をまとめた書物として、大いに評価されるべきだろうと思う。

このアンケートは、1983年「モア・リポート」という単行本にまとめられ、3年後に文庫化された。本書はその前半にあたり、 この本には、17歳~52歳(当時)の、様々な背景を持つ43人の回答が掲載されている。43人の中には「処女」という人もいれば、SEX体験が豊富な人もいる。ただ雑誌の読者層を反映してか、短大以上の学歴を持つ知的階層の高い人が多数派を占めている。高卒・中卒と思われる回答者は少数派だが、地頭は周囲が思っているほど低くないというのが、回答を読んだ私の印象である。

回答者全員に共通するのは

「男性はびっくりするほど女性の身体について無知である」

ということ。AVの影響で、自分だけ気持ちがよくなればさっさと終わり、私のことなんかまるで考えていないと訴える女性が多い現代だが、驚くべきことに、30年以上前のアンケートですら、そのように思っている女性が多かったとは。回答者の中には、親から「SEXとは、汚らわしいものである」という教えを受け、SEXについてろくな知識もないまま新婚初夜を迎えたという女性もいた。不幸にも夫もまた、SEXについて満足な知識を与えられないまま初夜を迎えたという。当然そこには「性の歓び」というのは存在しない。その女性はこのアンケートで、結婚後の性生活は不満足であると回答した。

愛撫もそこそこに女性の中に入り、一方的に動いて射精する男性。事が終わった後、女性の気持ちを考えず、さっさと寝てしまう男性。女性の意思とは関係なく、己の欲望のままにSEXを迫る男性。避妊に非協力的な男性。この本には、彼らに対する不平不満をぶちまける女性の声が多く紹介されている。当然のことながら、そのことを訴える女性の多くは、夫婦仲がうまくいっていないか、離婚を経験している。反対に、充実した性生活を送っている女性は、夫との関係がうまくいっている。驚くべきことに「夫との性生活は充実しています」と答えた女性の中に、夫とは別の男性と付き合っていると告白する女性も、複数回答を寄せていたこと。現在では、某タレントではないが「不倫は文化」になっているが、当時はそこまで世間も寛容ではなかったから、彼女たちはかなりぶっ飛んだ(「進んだ」とは、微妙な気がする)感覚を持っていたと思う。18世紀フランスの貴族社会では、不倫や浮気は当たり前だから、先の回答を寄せた女性は、ロココ時代の風習を現代でも実践していると思っているのかも知れない。また、回答を寄せた女性の中には「『SEXは汚らわしい』という感覚を持っている」という回答を寄せた女性の中には、親のSEXを目撃したことの悪影響があるらしい。私は幸か不幸か、自分の親がSEXをしている場面を見たことがないが。

既存女性雑誌が特集する「男の心を掴む手段としてのSEX」「男のご機嫌を取るSEX」「男に尽くすSEX」から「自身の快楽を追求するためのSEX」へ。実は女性も、積極的にSEXを愉しみたい。夫から丁寧に愛され、めくるめく歓喜の世界に浸りたい。愛する人(だけ)に、己のあられもない姿を欲望のままにさらけ出したい。だがそれを拒んでいたのは「結婚するまでは処女でなければならない」という処女至上主義や「妻は、たとえ自分がその気になっていなくても、夫にその気があればベッドの上でも夫に尽くさなければならない」という「貞淑な妻」を求める世間の目。彼女たちの願いは、女性が持つ欲望の壁をぶち破り、SEXは男女間の至高のコミュニケーションであるということを世間に理解させるということだった。この本は、女性のSEXについての主張を世間に知らせるための第一歩だったのかも知れない。

この本を読み終わって、本書に回答を寄せてくれた女性は、今どんな生活を送っているのだろうと想像してしまう。さすがに最初の回答から30年以上が過ぎ、当時40代・50代だった女性は、おそらく現在は鬼籍に入っているだろう。そして回答当時10代・20代だった女性は、今この本に掲載された自分の回答を観て、どんな思いを抱いているのだろうか聞いてみたい。30年前の自分と比べてみて、今の自分の「SEX」に対する意識はどう変化したのだろう?一人の男性として、大いに気になる。

若き日に勇気を出して答えた青春の記録として、私は彼女たちに敬意を表したい。

Facebook にシェア
このエントリーをはてなブックマークに追加
[`yahoo` not found]
このエントリーを Google ブックマーク に追加
[`evernote` not found]
LINEで送る
Pocket

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。