「2016年11月の読書リスト」

今年も、カレンダーが残り1枚になってしまった。

こんなにわくわくしない年末年始は経験がない。

右傾化し、人種差別が公然とはびこる社会。

縮まるどころか、広がる一方の格差。

少子化の影響で、パイがどんどん小さくなる経済。

ワカモノはワカモノで、自分の行動がどんな影響を与えるのかということを考える気配すらない。

マスコミの、政府与党べったりの姿勢は醜い。

知識人やNGOに至っては、自分たちよりもバカな人間、貧乏な人間を小馬鹿にしているとしか思えない。

希望は見当たらず、ひたすら重苦しい空気だけが漂っている。

個人的にいろいろストレスを抱えた結果、先月はとうとう記事を書けずじまい。

まあ、こんな弱小ブログの最新記事を、楽しみにしている奇特な人もいないだろうけどね。

さて、先月読んだ本の紹介。

10月に読んだ本の紹介より先になってしまったことを、当ブログを訪問してくれた人にお詫びしたい。

コミックは、いずれ改めて感想を書く(書けるのか?)。

青の数学

「数学」にとりつかれた高校生たちを取り巻く世界を扱った群像劇。テーマがテーマだけに、ここで繰り広げられる世界を理解できる人は、おそらく数学が好きな人、理系的な思考に長けている人に限られるだろう。世界観も文体も「わかる人だけついてくれればいい。わからないヤツのことは知らん」という雰囲気が滲み出ている。もっとも、この作品の「独特な文体」は、読書界から「クセが強い」と評価される「魔法科高校の劣等生」の作者が織りなすそれとは、次元が全くが異なる(理由はいうまでもない)。本作の登場人物の目標は「数学オリンピック出場」であり、そのために彼らは己の能力を最大限に振り絞る。1対1の決闘形式あり、タッグマッチの対戦ありという試合形式は、スポーツと何ら変わりない。ある少年は問う。「なぜ数学をするのか?」と。そもそも、この問いには正解というのがないのかも知れない。「マニュアル」という概念が隅々まで浸透したことで、人々は手軽に「正解」をほしがるようになった。だが彼らにとって「数学」とは「生き方」そのものなのだと思えるのである。「人生」に正解などないということを、作者は一番訴えたいのかもしれない。

社会学がわかる。

1996年に出版された、大学生向けの社会学入門書。「社会学とはなんぞや?」と聞かれたら、大人たちは何と答えるだろうか?「社会についての学問」と答えても、質問者はおそらく納得するまい。下手をすると堂々めぐりの禅問答のようになり、質問者と回答者の間に軋轢が生じることになる。すると、ある人は「お前だったら、どう回答するんだよ?」と突っ込んでくるに違いない。冒頭に出てくる25人は「学び方」について熱く語っても、多くの読者が求めているであろう「社会学とはなんぞや?」という質問には答えてくれない。その答えは、第二章にあたる項目をご覧いただきたい。女性の社会進出、医療問題、外国人の出稼ぎ、異文化交流、そして青少年が抱える問題。これらの問題は、20年以上前から再三にわたり指摘され論じられているにもかかわらず、解決に至る道筋が見えないと感じるのは私だけではあるまい。我が国おける社会学の第一人者・見田宗介氏は「社会学は『越境する知』である」と書いているように、現代社会を読み解くには、さまざまな角度からの知識が必要である。にもかかわらず、現在の社会学者たちは己の専門という名のタコツボに閉じこもっているのはなぜか?「海外社会学事情」の項目では、この学問の礎が「哲学」に基づいていることがわかるだろう。政治にしろ学問にしろ、今の日本が衰退しているように思えるのは、ひとえに日本人が「哲学」という概念を軽んじすぎたからでは?と思ってしまうのである。

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「2016年8月の読書リスト」

オリンピックと甲子園という、国内外のビッグスポーツイベントが終わり、今年も9月に入った。

まだまだ暑い日が続くが、日本、そして日本の政治は終わったような気がしてならない。

今回の参議院選挙と都知事選の結果を見て、極右・復古派はしめしめと思っているに違いない。もっとも後者については「保守分裂」という願ってもない好機を生かせなかった、野党陣営の作戦ミスも大きい。

右傾化する若者世代に一石を投じるべく結成された若者団体「SEALDs」の解散会見が、今年の終戦(敗戦)記念日に開かれた。

大学生が中心になって結成されたこの団体は「怒れる若者の代表」として、一躍マスコミの寵児になった。全国に関連団体ができたことで、同世代への影響を与えうる団体と見なす人たちも多かっただろう。参議院選挙の一人区における野党共闘は、彼らの存在なくしてはありえなかったのは確かだ。今回の参議院選挙から、投票権がこれまでの20歳から、18歳に引き下げられた。そこにSEALDsが登場したから、彼らの活動に刺激を受けた同世代が「反安倍」に1票を投じるのではないか?という見方もあったが…結果は、皆様ご承知の通りである。

はっきり言って、私は彼らが与える「影響力」とやらを疑問視していた。今の日本では「世間で名の通った大学の学生=文化資本の高い階層出身が多い」と思われがちである。実際、ボランティア活動に積極的に関わっている学生は、知力・資力において余裕のある学生が大勢を占める。おまけに今の大学生は、自分と似たような境遇の人間、同じような環境で育った人間としか付き合わない。まれに異世代と付き合う人たちもいるが、それは自分たちにとってメリットがあるからである。女子学生はこれが顕著で、自分たちにプラスになるかどうか、ちょっとした会話で瞬時に判断する。

そしてこれらの体質は、NGO関係者にもいえることである。会話した相手の知性並びに文化資本が、自分たちより明らかに低いとわかると、よそよそしい態度をとる人間の何と多いことか?「せっかくだから寸志・会費はちょうだいします。ですがあなた方の意見を聞く気はありません。黙って我々のやり方についてきてくれればいいのです」という不愉快極まりない感触を、私は何度も感じた。

それはSEALDsも同じこと。彼らがシンポジウムを開くというので彼らのHPを見た私は、その金額を見て、心の中で怒髪天をついた。入場料3,000円だと!

学生の多くは、将来に怯えながら生きている。学費を滞納しないか?奨学金を打ち切らたり、アルバイト先をクビにならないか?クビにならなくてもバイト先から不当な扱いを受けないか?無事に就職先が決まるか?卒業しても借金苦に陥らないか?食費をギリギリに切り詰めても、公共料金や家賃を滞納しないか、びくびくしながら生活している彼らにとって3,000円というのは、おいそれと払えない金額である。組織運営費、会場費がかかるのは理解できるとしても、この金額はいくら何でもぼったくりではないか!50代に近いわたしですら憤りを感じるのだから、同世代はなおさらだろう。

生活に苦しんでいる学生にとって、彼らの存在は「別世界の住人」「異星人」にしか見えないに違いない。こっちは日々の生活に追われ、料金や家賃滞納の恐怖に直面しているのに、彼らは何事もなかったかのように「戦争反対」「原発再稼働反対」と国会前で叫んでいる。生活や将来の心配をする必要のない人はうらやましいよねと、静かに冷たい視線を浴びていることを、SEALDs関係者とその支持者は理解しているのだろうか?

確かに今の「若者」にも、真剣に「脱原発」「戦争反対」を願っている学生もいるだろう。しかし大多数の若者は、そんなことよりも「真っ当な就職先」「格差対策と機会の均等」を強く求めているのである。今の若者は、心身とも疲れ切っており、社会問題に関わる余裕はない。SEALDsに限らず「左派」知識人並びにメディア化傾斜が、これらの問題をもっともっと取り上げ、彼らの意見に耳を傾ける姿勢を見せていたら、参議院選挙も都知事選も、違った結果になっていたはずである。

それでは、先月読んだ本の紹介である。

 

====

モア・リポートの20年ー女たちの性を見つめて

1983年、世間に衝撃を与えた「モア・リポート」シリーズの最新データを集めた一冊。このアンケートは1980年、1987年、1999年の三回にわたって実施され、その時々の女性の「性」に関する意識の変化を克明にとらえてきた、貴重な記録である。1980年と1987年のアンケート結果は単行本にまとめられ、文庫化の際前者は2分冊、後者は3分冊で刊行されたが、1999年のアンケートは、新書版で刊行された。セックスの回数を掲載しているのだから「好きな体位」「イキやすい体位」もアンケートの項目に掲載して欲しかったと思うのは、私だけだろうか?1998年のアンケートでは、援助交際、テレクラ、不倫、セックスレスの概念が入り、女性たちの性に対する認識の変化が窺える。そして「イク」「オーガズム」という概念は、今も女性たちを苦しませている。本来SEXというのは、男と女の間で交わされる、愛情を深める手段のはずなのだが、そのことを理解しない男性が多い事実には、憤りを感じるのである。

モア・リポートは今世紀に入って1回行われた記憶があるが、その結果が書籍にまとめられた形跡はない。もうそろそろ、21世紀日本女性の「SEX」に対する認識を知りたいと思っているのだが。

アグネス白書

氷室冴子が遺した、少女小説の傑作の一つ。前作の「クララ白書」が中学校時代(正確には「中等部寄宿舎時代」だが)の話だが、今作は高等部寄宿舎「アグネス舎」が舞台である。

無事に徳心女子学園高等部に入学した「しーの」こと桂木しのぶ。彼女は平穏無事な寄宿舎生活を望んでいたはずなのだが、相変わらずトラブルの種は尽きない。高等部入学早々、外部からやってきた女子生徒の扱いに四苦八苦。さらに中学時代からの親友・マッキーの恋愛騒動に振り回され、その騒動がやっと決着がついたと思ったら、今度は自身の恋愛(と本人は思っていないが)問題が持ち上がる。始末の悪いことに、この問題には尊敬する上級生たちも絡み、誤解が重なったあげく、中等部時代からつきあいのある男子大学生との関係に亀裂が入る。関係修復に走るしーのだが、相手は完全にへそを曲げてしまった。普通の女子高生だったら、完全に精神が崩壊しておかしくない展開である。さて彼女は、この事態をどう打開していくのだろうか?

美術館の舞台裏 魅せる展覧会を作るには

丸の内にある落ち着いた雰囲気を持つ美術館である、三菱一号館美術館。同館の館長が書き綴る、日本の美術展と美術館の実態と現状。日本の美術館に対する公的援助が少ないことは、以前から重々承知していた。自前で用意できるコレクションに乏しく、海外にネットワークを張り巡らす新聞社・メディアの力なくしては、日本の美術館で海外芸術の展覧感を開催することは難しいのだ。そのことが、日本の美術館とメディアの関係に悪影響を及ぼし、日本に真っ当な美重点の評論が存在しないことを、筆者は心から憂えている。「寄付」と「寄贈」の違い、美術品を巡るドロドロの世界、美術品と光(太陽光、室内照明問わず)の関係…。「学芸員」の地位が、海外と日本とでは全く違うことに、驚く人も多いだろう。大学の講座で簡単に取得できる日本に対し、高度な試験を突破しないとその座につけない海外。自前で用意できるコレクションがない(少ない)が故に、日本独自で発展した様式が、海外の美術関係者から奇異の目で見られていることは、日本人美術愛好者の一人としては肩身が狭い。そしてここ数年の世界的不況で、海外の美術館も経済的苦境に陥っているのは、美術ファン、美術展覧会好きには気がかりな状況である。美術というのは、このまま「金持ちの道楽」になってしまうのだろうか。

アグネス白書パート2

「アグネス白書」の続編。筆者が大学時代を過ごした、札幌にあるカトリック系ミッションスクール「徳心女子学園」の寄宿舎を舞台にしている「クララ白書」「アグネス白書」シリーズだが、時系列でいえば、前者は中等部3年での中途入寮~中等部卒業まで、後者は高等部1年次に起きた出来事を取り上げている。なぜこの時系列にしたかどうか、今となっては確かめる術はない。個人的には、筆者にとってこの2年間は「暗黒時代」であり、自分が理想とする学生生活を送ってみたかったという願望を、少女小説という形で再現してみたのではないか?と思っている。個人的には女性は「魔物化け物の類い」であると思っている管理人だが(その理由は書くつもりはない)、同年代の女子の交流とは、かくもややこしいものであり、男が想像する以上に陰湿であり、そして理解不能だと嘆息せざるを得ない。そして本巻でも、主人公「しーの」は自分の力では難局を打開できず、相変わらず周囲の都合に振り回されっぱなしである。救いは、彼女には理解者と友人に恵まれているということ。これだけでも、彼女は十分に幸せ者だと思うのだが。

ハイキュー!!(7)

第6巻に引き続き、インターハイ宮城県予選3回戦、青葉城西との対戦の模様である。

正セッター、影山に変わって登場した菅原は、影山とはまた違ったトスワークで、相手を混乱させる。敵将から「日向以外のアタッカーの使い方がヘタクソ」だと見破られた影山だが、トスワークとリズムを読まれはじめた菅原に交代するかたちでコートに戻ると、今までとは違ったプレースタイルをとるようになる。彼の急激な心境の変化に、戸惑うチームメートたちが浮かべる表情がおかしい。影山が復調したおかげでチームは勢いを取り戻し、第2セットを奪って1-1のタイに。勝負がかかる最終セットも、とっては取り返しの展開を繰り返し…。

そのプレースタイルから、主人公サイドや読者から「ラスボス」と思われている及川。だが彼もまた「努力の人」だった。一見飄々としているが、彼もまた人に言えないトラウマを抱えているのだ。挫折経験のない人間はいない、みんな心の奥底に、何らかのコンプレックスを抱えている。それが一般人のレベルからすると、遙かに高いところにあるとしても。この作品が人気を集めているのは、登場人物の心の傷について、きっちりと描いているからだと思う。

カラヤンがクラシックを殺した

筆者の専門は20世紀を中心にした美術史と芸術学で、その方面では高い評価を得ている。

その筆者が「カラヤン」をテーマにしたクラシック音楽の本を書いたのは、専門分野である「20世紀の芸術」との関連性があったからだろう。だができあがったのは、難解であり、見苦しく、独りよがりな文体で彩られた、この上なく醜悪な「カラヤン批判本」だった。筆者は「カラヤンによって、クラシック音楽が持つ精神は堕落する方向に向かった」と主張するが、そのような音楽を受け入れたのは現代の聴衆である。カラヤンは彼らに受け入れられるように、自分が持っている美学を大衆にあわせてに過ぎない。非難されるべきは、彼にそのような美学を要求した聴衆であり、カラヤンではない。

筆者がカラヤンを嫌うのは勝手だが、このような主張がクラシック音楽のファンを買うのは当然であり、ネット上の評価が芳しいものでないのも宜なるかなと考える。

余談だが、筆者は本書を上梓してから約半年後に急逝した。今生きていたら、どんな音楽評論を書いていたのだろうか。彼の書いた哲学本、美術本をもっと読んでみたかった。

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2015年7月の読書リスト

国民及び野党の猛烈な反対を押し切り、安倍政権が推し進める「安保法案(またの名を「戦争法案)」は、与党の数の力の前にあっけなく成立した。おそらく安倍政権は、衆議院で一度可決してしまったら、後は参議院での審議が滞っても「60日ルール」を使って、衆議院で再可決すれればこの法案は成立する。その前に、国民は諦めてしまうだろう。おそらく政権中枢はそう読んでいたはずだ。

ところが、今度の国民の抵抗は本当にしぶとい。学生団体だけではなく、学界、映画界、NGO、はては自衛隊OBまで、ありとあらゆる分野から「この法案は違憲だから即時廃案せよという声が上がり、その声は止まる気配がない。きのう(2015年7月31日)に都内で開催された安保法案反対集会には、4,000人以上が来場したそうである。新聞・テレビなど在京メディアは、国会前のデモをほとんど伝えないが、地方では毎日のように安保法案に反対するデモ・集会の様子を報道しているそうだ。参加者の怒りは冷酷非道な政権、頼りない野党、政権べったりで本来の役目を果たしていないメディアにも向けられている。おそらく「3.11」以降の反原発デモのように、時間が経ったら国民の怒りも沈静化するだろうと、政権側は思っているのだろう。だがそうは問屋が卸すかな?希代の愚策「アベノミクス」のおかげで地方経済はメタメタ、格差問題も広がる一方の生活に、有権者の怒りはついに爆発した。大メディアが示す「内閣支持率」とやらの数字も、とうとう「不支持」が「支持」を上回った。この雰囲気は、第一次安倍内閣の末期に似てきた。

さて、今月の読んだ本の紹介。

今月もバラエティに富んでいるなあ。

アートを書く!クリティカル文章術 (Next Creator Book)アートを書く!クリティカル文章術 (Next Creator Book)

読了日:7月3日 著者:杉原賢彦
最後の1分最後の1分

読了日:7月16日 著者:エレナー・アップデール
名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件 (朝日新書)名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件 (朝日新書)

読了日:7月20日 著者:おおたとしまさ
ちはやふる(26) (BE LOVE KC)ちはやふる(26) (BE LOVE KC)

読了日:7月24日 著者:末次由紀
ちはやふる(27) (BE LOVE KC)ちはやふる(27) (BE LOVE KC)

読了日:7月24日 著者:末次由紀
想像ラジオ (河出文庫)想像ラジオ (河出文庫)

読了日:7月27日 著者:いとうせいこう

アートを書く!クリティカル文章術

音楽・美術・映画の評論を書く時のポイントを、簡潔に紹介した本。各分野の課題文の添削が掲載されているので、どういうとこに気をつけて文章を書けばいいかがわかる。この本を一言でまとめれば、これらの分野の評論を書くには、かなり高度な知識が必要だということ。書いていることは理解できるのだが、いざまとめようとすると非常に難しい。特に映画の評論を書くときは、撮影技法や映画の理論を理解していないと、納得できるものはかけない。音楽の評論を書くときは、やっぱり楽譜が読めた方がいいのかな?美術の場合は、論旨が普通の評論とがいっているのが当たり前らしい。うーん、これとても他人を納得させられる文章とはいえないな。====

ちはやふる26・27

団体戦日本一という目標を達成したのに、いつの間にか溝が深まっていた千早と太一。新との試合に敗れ意気消沈する太一を励まそうと、千早は彼の誕生日に「太一杯」を開催する。それから数日後、太一は千早に告白するが、この二人はいったいどうなってしまうのだろうか?「かるたを嫌いになったら、仲間とのつながりがなくなる」ことを恐れる太一。太一とかるた部、そしてかるた部の仲間たちを心配しつつ受験生モードに突入した千早。そんなある日、幼馴染みの新からメールが届く。その文面から、心が千々に乱れる千早…。個人的には、千早と太一が別れるのはありだと思う。太一がカルタ部に入ったのだって、千早と一緒になっていたいという気持ちからだったからね。とはいえ、このまま二人が別れたままで話が終わってしまうのは、あまりにも後味が悪すぎる。二人の関係は、そして瑞沢高校かるた部はいったいどうなる?

最後の1分

イギリスのとある年で起こった、大規模な爆発事件(もちろんフィクション)を題材に、たまたま現場に居合わせた犠牲者・重傷者・奇跡的に難を逃れた人たちが、事件1分発生前に感じたこと・考えたこと・とった行動を淡々と綴っていくサスペンス。彼らの思考と行動は「1秒」毎に区切って明記されるが、1秒で実際にこれだけの思考・行動ができるのかな?と思われるところも多々あるのは事実。巻末に犠牲者リストがでているので、本文を読みながら「こいつは最終的に助かったのかどうか?」を気にしながら読み進めるのも一つの方法。レビューサイトにもあるけど、この作品を映像化するのは、かなり特殊な技法と場面転換の技法を多用することになるだろう。不満なのは、この爆発事件の犯人と動機が明らかにされないことだが。

名門校とは何か?

「偏差値の高い学校は、生徒に受験勉強させてばかりいるのでは?」というのが、世間一般の進学校に対するイメージだろう。だが実際は「名門校」ほどリベラルアーツ(教養教育)に力を入れているのである。ミッション系や武蔵高校に限らず、毎年東大・京大に沢山の合格者を送り込んでいる開成・灘・筑波大学付属も、リベラルアーツに力を入れているのは意外だった。教養教育とは「生きる力」を身につけること。安倍内閣発足以降、あちこちで「教育改革」を叫ぶ声が上がっているが、筆者はこの時勢に対し「日本の名門校が培ってきた伝統を破壊することは逆効果だ」と述べている。これは筆者自身、麻布で教育を受けた影響があるのだと思っている。

想像ラジオ

東日本大震災をモチーフにした小説。大地震発生後の大津波に攫われ、命を落とした男性。彼は死者と生存者を繋ぐため、あの世で「想像ラジオ」のDJをはじめる。独特の軽妙なトークは、まるで本物のラジオのようである。家族は生きてるか?友だちや知り合いの消息は?部下はどこに消えた?彼らの行方を追い求める人たちは、情報を求めて彼にメールを送る。それに丁寧に対応する彼の様子が何とも切ない。刊行と同時に話題になり、昨年(2014年)の芥川賞候補作にもなった作品だが、読んでいてちっとも心の中に響かなかないのが不思議だ。テーマは時宜を得ており、アイディアも秀逸だとは思うのだが…。このモヤモヤした違和感はどこから来るのだろう?書評サイトの評価も、真っ二つに分かれる。これは人を選ぶ作品である。

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2014年8月の読書リスト

「かっとばせー!」

「○○君ファイトー!」

「感動をありがとう!」

という言葉が飛び交う、偽善に満ちた「暑い(イヤ、ここは「熱い」というべきか?)夏」がようやく終わろうとしている。

季節の上では「秋」なのだが、厳しい残暑はまだまだ続くしね。ちなみに今年は、この年になって「夏バテ」なるものをはじめて体験した。これがとんでもなくしんどいものだったとは。やっぱり私も年をとったのだな。

それはそうと、毎年毎年NHKで放映される「高校野球」のバカ騒ぎは何とかならないものか?昨年は東北勢が2校、今年は北信越税が2校準決勝に進んだが、結局優勝したのは、大都会(昨年は関東、今年は関西)の「野球学校」。なんだか白けるわ。そういえば去年は春夏とも関東勢、今年は春夏とも関西勢が甲子園で優勝したんだよね。まあいいけど。

そこに持ってきて、今年は軟式高校野球でも「前代未聞」の新記録だもんね。延長50回…これは驚くべきなのか?それとも讃えるべきなのか?はたまた非難してしかるべきなのか?一試合が終わるのに足かけ4日間かかり、双方とも一人で試合が終わるまで投げきった。サスペンディッドゲームとはいえ、なんとかならんものなのか?当然相手チームはその間待ちぼうけ。調整がやりにくかったのではと思っていたら案の定、相手チームの監督は、試合終了後のインタビューで「難しかった」とこぼしていたそうだ。大人の押しつける「不条理」に黙って耐え抜く高校生には同情する。欧米でこんなことをやらせたら、間違いなく非難囂々だろうね。

そしてとどめは「24時間テレビ」。はっきり言って、この番組の使命はとっくに終わっている。当時は深夜にテレビをやらないのが当たり前、そんなときに1日中「福祉」「助け合い」をテーマにした番組を24時間、それもスタッフが手弁当で放映することだけでも大きなインパクトだった。だが時代は大きく変わり、出演タレントには高額ギャラが提示され、テレビ放映も24時間が当たり前に鳴り、番組の内容も偽善色がぷんぷん漂う。こんな番組を、今も面白がって観る視聴者の頭の中を知りたい。

さて、先月読んだ本の紹介。

2014年8月の読書メーター

読んだ本の数:6冊

読んだページ数:1305ページ

ナイス数:4ナイス

進撃の巨人(14) (講談社コミックス)進撃の巨人(14) (講談社コミックス)

読了日:8月9日 著者:諫山創
亜米利加ニモ負ケズ (新潮文庫)亜米利加ニモ負ケズ (新潮文庫)

読了日:8月13日 著者:アーサービナード
夢の雫、黄金の鳥籠 5 (フラワーコミックスアルファ)夢の雫、黄金の鳥籠 5 (フラワーコミックスアルファ)

読了日:8月19日 著者:篠原千絵
アジア新世紀〈6〉メディア―言論と表象の地政学アジア新世紀〈6〉メディア―言論と表象の地政学

読了日:8月28日 著者:
へるん先生の汽車旅行へるん先生の汽車旅行

読了日:8月30日 著者:芦原伸
ALDNOAH.ZERO アルドノア・ゼロ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)ALDNOAH.ZERO アルドノア・ゼロ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

読了日:8月31日 著者:原作:OlympusKnights,作画:ピナケス

読書メーター

進撃の巨人(14)

今年8月現在で、シリーズ合計4,000万部を突破した大ヒットシリーズの最新刊。ついでにいえば、新刊書籍雑誌「ダビンチ」でも、42ページにわたってこのシリーズを取り上げているという。さて、どんな記事になっているのか?

連載当初は「人間Vs巨人」の対決の構図だったのに、いつの間にか「人間Vs人間」の対決になっている。話の流れが変わったのは、真相を究明しようという調査兵団の努力の賜なのだが、頼みの綱だったピクシスから連携を断れ、せっかく得た協力者も、謎の集団に抹殺され、彼らを抹殺しようという謎の集団の出現のために、調査兵団からも犠牲者が続出するなど、真相解明は困難を極める。連載開始から5年がたつのに、彼らには未だに希望の光すら見えない。果たして、すべての真相が明らかになるのはいつになるのか?冒頭から拷問シーンが延々と続き、暗殺者に顔を、頭を吹き飛ばされる調査兵団メンバーの姿は、ただただ「グロい」の一言である。

亜米利加ニモ負ケズ

卒業論文の執筆をきっかけに日本語に興味を持ち、23歳で来日して日本語学校に入学。そこで教材として使われていた作品を英訳したことをきっかけに日本語による文芸作品の制作を開始、今は詩・俳句・随筆執筆だけにとどまらず、ラジオの仕事にも積極的に関わるマルチ文芸人の最新文庫版。日本で作品を書く外国人はたまにいるが、彼ほど日本語を高度に駆使する人間は他にいるだろうか?この作品は、彼の中で日米の文化が高度に融合した結果生まれたものである。「ほほう」と思わせるところも「そうなの?」と思うところもあるが、一番印象に残ったのは、世界中で血眼になっている「宇宙開発」は、関係者の利権のためになされている、という見方。宇宙にロマンを感じている人にとっては、この発言はカチンとくるだろうな。====

夢の雫、黄金の鳥籠(5)

闇のパープルアイ」などの大ヒット作品で知られる篠原千絵の最新作の最新刊。16世紀のオスマン帝国最盛期の立役者・スレイマン1世とその王妃・ヒュッレムが主人公。もともとは別のマンガ目当てで書店に足を運んだのだが、帯のキャッチコピー「ヒュッレム懐妊」の文字が目にとまり、さんざん逡巡した末に購入。舞台はオスマン朝のスルタン・スレイマン1世の後宮(ハーレム)を舞台に、スルタンを巡る側室とその側近が繰り広げられる、ドロドロの愛憎劇。歴史物・韓流ドラマが好きな人は、すんなり入っていけるだろう。本巻で主人公はめでたく懐妊するが「お腹の子の父親は誰?」という問題が勃発する。スルタンが父親だったらめでたしめでたしなのだが、実は彼女はスルタンに内緒で、彼女を後宮に引き入れた人物と関係を持っていたのだ。もし彼が子どもの父親だったら?不安に思うのは本人だけではない。

アジア新世紀〈6〉メディア―言論と表象の地政学

2005年、岩波書店が発行した学術書「アジア新世紀」シリーズの1冊。タイトルこそ「メディア」という名前がついて入るが、本書では「メディア」以外にも建築、身体パフォーマンス、マンガ、美術なども取り上げているため、実際には「メディア」というより「カルチュアル・スタディーズ」色を前面に押し出していると思って間違いない。イスラム圏も「アジア」に含まれるはずなのだが、この地域を扱う論考はさほど多くなく、その意味ではやや看板倒れ。学術論文色が強いので、この分野に興味のある人以外はあまりお薦めではない。

へるん先生の汽車旅行

ラフカディオ・ハーン」こと「小泉八雲」の人生の軌跡を、実際に運行されている鉄道を使って辿ってみよう、という趣旨で執筆された紀行文。同時に、ハーンが来日前に歩んだ凄絶な人生に絶句。

母と生き別れ、父に捨てられ、大叔母の破産に巻き込まれる形で、不本意のまま渡ったアメリカ。

そこでは親戚に厄介払いされ、ホームレス同然の生活を送る。

記者として成功しかけるも、経営者と衝突を繰り返す。

同棲生活を経たにもかかわらず、破綻した結婚生活。

叶わぬ格差恋愛。

来日を決意したのも、ボロボロになった心身を立て直すものだった。そしてやっと掴んだ幸せ。

彼が日本文化を愛したのは、生まれ育った西洋文化、わけてもキリスト教に対する、拭い難い憎悪の感情があった。「神の前ではみな平等」といいながら、異文化に対して冷徹なキリスト教を、彼は許せなかったのだ。だが今の日本は、彼が思い描いている日本とは似ても似つかぬ姿になってしまった。天上の世界から、彼はどんな思いで今の日本を見つめているのだろう?

ALDNOAH.ZERO アルドノア・ゼロ (1)

今期、ネット上で話題になっている同名ロボットアニメのコミカライズ本。アニメ1~3話分を収録。アニメでの原作を忠実に再現しているが、アニメで触れられなかったオリジナルな場面が挿入されているわけではないので、アニメを見て気に入った人が読んでも、同じような感動を味わえるかどうかは疑問。その逆もまた然りで、画面構成を見て、アニメに興味を持ってくれる人がどのくらいるかどうか?アニメの迫力ある動きを、マンガで再現するには少々無理がある。ただし、原作には忠実に再現されているので「この場面はどんなことをいっているのか?」と気になる人、アニメの復習をしたいと思っている人にはお勧めしたい。

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